シェフ駆け出しの荒北
スタッフルームで賄いを食べていると凄い勢いで扉が開いた。
「お、お疲れ様です」
「…お疲れ」
こわい。恐すぎる。仏頂面で入ってきたキッチンの荒北さんはまたすごい音を立てて椅子に座った。
コック帽をテーブル叩き付け頭をガシガシとかいている。
今すぐここから逃げたいけどまだ休憩に入ったばかりなのにホールに戻る訳にもいかないし、この美味しい賄いもまだ食べ終わってない。
「ソレ旨い?」
「えっ」
とりあえず首を縦に振りまくった。正直荒北さんへの恐怖で味なんかわからない。さっきまであんなに美味しかったのに。
「もっとソース辛い方がよくナァイ?」
「…今のままでも充分美味しいですけど、確かにそっちの方がパスタとのバランスがよさそうです」
「ただやり過ぎっと味が崩れんだよなァ」
バイトとはいえ荒北さんは他のシェフに混じって駆け出し扱いでキッチンに入っている。ここはそこそこいい値段のレストランだし色々風当たりは強いみたいだけどその味覚の繊細さには皆さん一目置いているらしい。ホールバイトの私はキッチン事情なんて全然わからないけど先輩がそう言ってた。
こうして荒北さんとちゃんと言葉を交わすのは初めてかも。
「え、これ荒北さんが作ったんですか?」
「だったらナニ」
「賄いいつも美味しいですけど、これ凄く美味しいです」
「ふーん。名前なんだっけ、覚えてねェや」
「私ですか…?」
「そう」
「苗字です」
「苗字ちゃん、ちなみに賄い作んのは下っぱの俺の仕事なのよ」
「え!?」
あんな美味しいものを全て荒北さんが作っていたなんて。
「いつもご馳走様です」
「とんでもないでーす」
すごい棒読みだ。
「ほんといつも美味しいです」
「先輩らに比べればどうってことねェけどアリガトネ」
そう言うとスタッフルームから出て言ってたしまった。え、休憩だったんじゃないのか。
いや、そんなことより、あの荒北さんがちょっとだけど笑った。うわあ。
荒北さん意外と恐くないしなんかかっこいいし好きになっちゃいそうだ。