汽車
「俺、名前こと好きだなー」
ガタンゴトンと揺れる汽車の中、私と向かい合いわせに座っているのはシャルナーク。彼が席に浅く腰かけているため、たまに膝と膝が当たって何だかあまりいい気分じゃない。
「ねぇ、無視?」
酷いなーなんてあざとく口を尖らせるシャルナークを見て思わず眉間に皺を寄せた。
「あんたと喋る気ないから。黙ってよ」
目を合わせたのは一瞬で、私はすぐに手元の本へと視線を戻した。
団長からの召集は実に1年ぶりだった。
毎回変わるアジトへの交通手段には基本的に汽車を選ぶ。汽車が通っていない地域では歩いたりヒッチハイクしたりするときもある。
汽車はいつもガラ空きな時間に乗る。人が少ない車内で汽車が揺れる音をBGMにゆっくり本を読むのが移動の楽しみだ。
「しかし、びっくりしたなー!まさか名前と同じ汽車に乗るなんて」
その楽しみも今は目の前の男によって奪われつつある。
さっき黙れと言ったのに、気にしていないのかまた喋りだす彼にわざとらしく溜め息を吐いた。
お気に入りの唐草模様が描かれた栞を手元の本に挟んでリュックの中に入れる。
「あれ?俺と話す気になった?」
そんなわけないだろう。
リュックからアップルソーダの瓶を取り出してキャップを外すと、炭酸が抜ける音がした。
アップルソーダは大好きだけどこの音はいつになっても好きになれそうにない。
少し温くなったアップルソーダを飲んでいるとポケットの携帯が鳴った。画面に表示されているのはクロロを指し示す別の名前。
「…なに」
『集合するアジトと時間を少し変更する』
変更されたアジトは変更前と大して変わらない場所にあるから安心した。このまま汽車に乗っていても問題なく着ける。
「りょーかい」
『あと、そこにシャルがいるだろう。ついでに伝えといてくれ』
「…なんで知ってんの?」
『シャルからお前と一緒にいる、とメールがきた』
本日二度目の溜め息を吐いて電話を切った。
そういえば先程シャルナークが携帯のボタンを凄い速さで押していた。てっきりゲームでもしているのかと思っていたけど、まさかクロロにメールを打っていたなんて。
突然向かい側の席に座ってくるし、好きとか言うし、さっきから無視しても話しかけてくるし、クロロへのメールもほんとに意味がわからない。
仕方なく視線を上げるとシャルナークはずっとこちらを見ていたようでバチリと目が合った。
「クロロが場所と時間変更するって」
「ふーん。ていうか名前って携帯に団長のこと"プリン"で登録してるんだね。身内ネタすぎるでしょうける」
「どうしてクロロにメールした?」
「え?名前と一緒にいるってやつ?」
「そう」
「だって旅団の仕事以外で名前に会うって滅多にないじゃん。プライベートでメールしても名前無視するし。だから思わず嬉しくて」
にこにこと笑うシャルナーク。この笑顔は嘘なのか本当なのかよくわからない。だからこいつと話すのは嫌なんだ。
なんでいちいち私がこの疑わしい笑顔の真意なんて探そうとしなくていけないのか。
別にそれが嘘だろうが本当だろうがどうでもいいはずなのに。
汽車