お腹に孤独を飼っています


冬は人肌恋しいってよく言うけど私は冬に限らずいつだって人肌が恋しい。


包丁で切られた皮膚から血がドクドクと流れ出ていくのを眺めながら私の頭はそんなことを考えていた。

「ちょお前、指切ってんじゃん!」

右手に包丁。左手の親指からは流れ出る真っ赤な血。まな板の上にはいびつな形に切られたニンジンたち。いやイチョウ切りとやらにするつもりだったんだけどね。私料理だけはどうも苦手なもんで。

周りの女どもが「やっぱりあの子に任せるべきじゃなかった」とか言ってるけど、やっぱりって言うなら最初から任せないで欲しい。そもそもイチョウ切りとやらが何かわからないのよね。困るわあ。

女どもは指を切った私に心配するでもなく包丁の持ち方はどうだとかイチョウ切りはああだこうだとやかましい。

そんな中、私が指を切ったのに最初に気付いて大声をあげた丸井君は私の左手を高らかに持ち上げて血が回らないようにしてくれ、流れた血をその辺にあったキッチンペーパーでこれ以上流れないように押さえてくれていた。


「おい保健室行くぞ」

「ああ、うん。そうだね」


丸井君に連れられて家庭科室を出ようとすると女どものブーイングが聞こえた。私が班からいなくなるのは結構だが丸井君が抜けると料理に支障がでる。そのようなことを言っていた気がする。

まったく調理実習という授業は一体誰が考えたんだ。いなくていい人間なんていないってよく学園ドラマで言ってるけど実際調理実習はいなくていい人間がいるじゃないか。私だ。いや、むしろ班の女どももいらないだろう。丸井君一人でやった方が早く出来る気がする。それに美味しいに違いない。


保健室に入ると先生がいた。この保健医は最近うちの学校にやってきた若い女の先生だ。これだけ聞くとよくありがちなちょっとアダルティな美人保健医が思い浮かぶが、この先生はまったくそうではない。
美人なのだがめったに化粧はせずサバサバした性格で基本ジャージの上に白衣を着ていて色気なんてあったもんじゃない。「傷は舐めときゃ治る」なんて保健医あるまじき発言もする。


「先生、こいつ包丁で指切ってるから手当てしてやって」

「丸井君部活で慣れてるから君がやりなよ。先生はお昼ご飯食べてくるから」


そう言うと先生は片手を振りながら保健室を出て行ってしまった。
なんだか自分含め女って駄目だなって思ったり。

その反面丸井君はすごい。出て行った先生に溜め息するものの棚から消毒液やガーゼを取り、手際良く手当てを始める。


「丸井君ありがとう」

「お前さぁ、自分に無頓着すぎるだろ」

「よく言われる」


丸井君はジっとこちらを見た。


「男取っ替え引っ替えって噂になってんぞ」


なるほど。だからクラスの女子からの扱いが酷くなったのか。


「噂っていうか事実だしね」

「…楽しいの?」


違うよ丸井君。
楽しかどうかは判断基準ではない。寂しくないかそうでないか。ただそれだけだ。でも結局は寂しくて別れてしまうのだけど。


「楽しいなんて思ったことないかも」

「それって相手のことが好きじゃないからだろ」

「ああ、言われてみれば」


丸井君はまた溜め息すると急に私の手を握った。




「なあ俺と楽しい恋愛してみない?」

「は」

何処からそんなキザな台詞が出てきたんだね丸井君。私は開いた口が塞がりません。彼の言う楽しい恋愛とは今までの話からして私が相手を好きじゃないと成立しないのでないだろか。


「俺、お前のこと好きなんだけど」


丸井君は自信に溢れた表情で突拍子もないことを言い出す。そして私の半開きの口は彼の唇によって塞がれた。

キスは激しさを増してなんだか食べられているような錯覚に陥った。



いっそ私の孤独も食べてくれないか













お腹に孤独を飼っています

曰はく、様に提出



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