やっぱりおかしいイケメン
あの日ほどヨガの体勢が辛かった日はない。
腰が悲鳴を上げていて正直クラスどころではなかった。
ズブズブなセフレみたいな関係になってしまったら自分のなけなしの自己肯定が跡形もなく消えてメンヘラになりそうなのは自分でもわかっていたのであれから真波さんとは連絡を取っていない。
取っていないというか、一度既読無視をしてからそれ以降真波さんから特に連絡はないし私もするつもりがない。
もしメンヘラになったら真波さんは面倒になるだろうし、連絡が途絶えても別に大した事ではないのだと思う。
イケメンとセックスした。
という良い思い出にしておこう。
フィットネスクラブ内に出来たカフェ兼バーで昼食のサラダランチをする。社割がきくのでランチはほぼ毎日ここだ。
もちろん筋肉をつくりたい人向けのたんぱく質メニューもあればダイエットメニューもある。
「もしかして俺ら会ったことあるよね」
なんだ、そんなナンパなことを言う人は。
どうやら自分が話しかけられたようなので食べかけのサラダからその人の方へ視線を移す。
おお、イケメンだ。
カロリーバーを咥えてる。
「やっぱり!尽八の彼女の友達だろ」
そう言えばあの飲みの日にこの人も居たような気がする。あのときは真波さんに夢中で他の人達はあまり覚えていない。
「えっと、東堂さん?と同じ病院の方でしたっけ?」
「俺は動物専門だから違うよ、ただ他のやつらも高校の部活が同じでさ」
「すみません、あまり覚えていなくて」
「真波とずっと喋ってたもんな」
「すみません…」
「いいよ、他人の飲み会に置いていかれるってかなりしんどいし」
新開さんというらしい。
かなり良い体つきなのに同僚達のような変な圧もなければ真波さんみたいに笑顔を見せてくるわけでもなく、すごくナチュラルに会話をしてくれるイケメンだ。
正直、真波さんのこともあって男性不信がさらに加速しそうだった自分にはとても丁度良い距離感だった。
いや、これが普通なんだろうけどありがてぇ。
「今日は自転車漕ぎたかったんだけど雨だからここのマシーン漕ぎに来てたんだ」
「自転車ですか」
「ロードバイクな。高校の部活っていうのもそれ」
そうだったのか。
ロードバイクはそんなに詳しくはないけど持久力と瞬発力、そして精神力というあらゆるスポーツに共通している事がかなりの水準で求められる印象だ。
「真波さんも同じ部活だったんですよね」
「ん、そうだよ。ちなみにあいつは尽八と同じクライマー」
クライマー。
推測だけどクライムということは登り、つまり登り坂専門なのでは。
あのすごい体力も納得だ。
「あの日って真波にお持ち帰りされた?」
さっきまで普通に会話出来ていたのにいきなり凄いこと聞いてくるなこの人。
「あの日は2軒目連れて行ってもらって別れましたよ」
「あの日は、てことは後日ヤったのか。ヒュウ!」
何がヒュウ!なのか。
思わず周りを見渡す。
大丈夫、同僚もお客さんもいない。
「真波がかなり丁寧に接してたから、珍しくってさ」
「いつもは丁寧じゃないんですか」
「あいつ掴めない性格してるから俺もそんな詳しく知らないけど」
「掴めなすぎですよ」
「はは、そこわかってんならいいんじゃない。ただのお人好しだと思って近付いたら痛い目みるよ」
「もう痛い目にあったんだと思います」
「まじか」
すごい同情の目で見てくる。
いい人なんだろう。
「真波はひとつのことにめちゃくちゃ執着するタイプだから、もし執着される側になったら御愁傷様って感じだな」
成る程。そういうこともあるのか。
でも今のところセックスがしつこかったくらいでその後の連絡はまったくだ。
「その心配には及ばなそうです」
「そうかな。あの飲み会のときの真波の表情を見る限りだとかなり狙われてるよ」
興味がある、と言われたことを不意に思い出す。
狙うったってどうせ面白そうな女がいる、くらいだろう。
「そんなことはないです」
「君、凄くさばさばした性格してそうだし、綺麗だし、何より程好い筋肉で引き締まってるスタイルがいいよ。だからそんなに落ち込まなくて良いと思うけど」
また凄いことをさらっと言ってくる。
下心など感じさせない喋り方でど直球で誉められるのは素直に嬉しい。
それにしても真波さんといいこの人といい、人の表情をよく見てる。
まさか落ち込んでるなんて自分でも気付いてなかった。
「私ってそんなに表情に出てますか?」
「ああ」
気を付けよ。
その後私は仕事に戻り新開さんとは別れた。
久しぶりに普通に男の人と会話出来た気がする。
真波さんの場合は素を引っ張り出されて凄いエネルギーを消耗するイメージ。でも疲れる一番の原因は真波さんの言動にいちいち期待してしまう自分と諦める自分が綱引き状態になるからだ。
出会って間もない人にここまで振り回されるなんて驚きだ。真波さんが、というより私が勝手に振り回されている状態だと思う。そしてそれを掌で転がして楽しむ真波さん。
結局仕事中は真波さんのことばかり考えてしまった。
そのせいだろうか、仕事を終えてクラブの従業員出入り口から出るとなんと真波さんがいた。
「来ちゃった」