偶然なんかではない
先日の出来事を思い出してつい口元が緩んでしまう。
「みょうじちゃん、何か良いことあった?」
「特にありません」
いつの間にかみょうじちゃんなんて呼んでくる同僚の筋肉男独特の笑顔圧に真顔になってしまう。
「俺みょうじちゃんに嫌われてるのかな」
落ち込んだ素振りを無視して器具の点検に回る。
正直、ここ数年恋人も出来ずにいると嫌いとか好きとかそういう気持ちすら煩わしいと思ってしまう私は結構拗らせていると自覚はしてる。
夕方から夜に続くヨガクラスが私のメインの仕事であり今日もじんわり良い汗をかいて退勤だ。
冷やした缶ビールが冷蔵庫で待っているのでどんなおつまみを作ろうか考えながら帰路につく。
独り身だろうと幸せな日常じゃないか。
強がりではなく素直にそう思う。
「あれ、なまえさんだ」
職場近くのまだ賑わっている繁華街を通りながら駅に向かっているとイケメンに声をかけられた。
「ま、真波さん!こんなところで」
「びっくりですね」
圧のない爽やかな笑顔にまた心で合掌する。
「ここら辺、病院近くてよく帰りにご飯食べて帰るんです。あ、なまえさんはもう夕飯済ましました?」
「これから家でおつまみ作って缶ビールきめます!」
「すごい嬉しそう」
う、眩しい。顔がイイ!
「じゃあ、せっかくだから僕と夕飯どうですか?て聞くのは魅力的なお誘いにはならないかな」
なに!?!?
なんか昔やっていたゲームのスチルになりそうな台詞と少し残念そうな恥ずかしそうな笑顔に吐血しそうになる。
「ウッ」
「え!どうしたの?どこか痛い?」
真剣に心配してくれる真波さんに申し訳なくなり姿勢を正す。
「いや、ちょっと破壊力がすごかったんです。もちろん行きます」
「破壊…?あ、いいの?嬉しいな。何か食べたいのありますか」
「いつも真波さんが行くお店で!」
缶ビールはいつでも飲めるけど偶然真波さんと会ってご飯に誘ってもらえるなんて悩むまでもない。
というか先日の初対面のときから何故か私に好感を抱いてくれているのが不思議すぎる。
「夜でもやってる定食屋さんなんだけどいいですか?一応お酒も飲めるし」
「明日も仕事なのでそれくらいが丁度いいです」
「よかった」
美味しい焼き魚の定食と生ビールをきめて、真波さんとまたお話できてとても良い気分だ。
真波さんの勤め先には高校時代の部活のメンバーが数人いるらしく、今でも仲が良いとか。
直接関係ないけど、自分が職場で同僚にドライな態度をとっていることがなんだか情けなく思えた。
「なまえさんってたまにそういう表情するね。心ここにあらずって感じ」
「あ、すみません。決して楽しくないとかそういうことじゃないんです。むしろ真波さんとこうしてまたお会い出来てすごく嬉しいんです」
言われて気づく。
やっぱり私はどこかで自分を認めずにいて、会話の端々でそこに関連付けてしまう。
「うーん、なんか俺のこと好きそうなのに実際はそういう対象で見てないよね。悔しいなあ」
は、
何を言われているのかわからない。
真波さんは頬杖を付きながら変わらぬ笑顔で喋っている。
「そうだ、今度はぜひなまえさんの部屋でなまえさんの作ったおつまみと缶ビール、一緒に飲みたいって言ったら流石に警戒する?」
「それはさすがに」
わかりやすく好意的な言動をこうも会って日の浅いイケメンがするのは如何なものか。
「うさんくさい、て感じますね」
「おお、急にセキュリティ上がったね」
やはり真波さんは変わらず楽しそうだ。
「ただひとつ言えるのは僕は結構なまえさんに興味がある。そこは疑わないで欲しいな」
「興味、は色々な意味を含みます」
「じゃあ、わりとタイプですって言ったら警戒は少し緩まる?」
「イケメンにそうやって言われるのはとても嬉しいです。でも今、真波さんが苦手になりましたよ」
真波さんが何が面白いのか目を輝かせている。
ああ、顔が良いなぁ。
彼はさっきから興味がある事以外は仮定の話しかしていない。
本心はどうなっているのかわからない。
「なまえさんの内側に入ってみたいな」
「え、下ネタですか」
「なまえさん緩急あってほんとに面白い。確かに下ネタとしてもちょっと気になる」
テーブルの上に置いた手をゆっくりと撫でられる。
定食屋でそんな雰囲気を出してくるのか。
イケメンの自信に感服だ。
「真波さんの方が何か振り切ってて面白いです」
「ああ、やっぱりなまえさんいいね。今日は興奮して寝れないかも」
「あなたイケメンに生まれてよかったですね」
失礼な発言かもしれないけど、本心だ。
けどここまで警戒しながらも私も彼に興味が出てしまった。
さっきから私には珍しく警戒心を全面出して喋っていて、逆にここまで素直な反応を人にするのは自分でも珍しい。けどこのやり取りはどこか小気味がいい。
「うち、来てもいいですよ」
「ははは、やったー!」