神様の声が聞こえる狼
朝、仕度を済ませ籠を背負って山へ向かった。
基本的に村の東側に位置する入口から山道へ入る。南側にも入口があるが何故か村のしきたりでそこから入らないことになっている。
東側の入口には小さな祠があり山の神様が祀ってある。入山の際に祠で神様にひとこと挨拶する慣わしだ。山という存在に敬意をはらう、小さいころから村の大人達に叩き込まれた教え。
「神様、おはようございます。数日ぶりです。また毎日お世話になります。そういえば他所から狼が来たそうですね」
おっといけない。普段口数が少ない自分だけど何故か祠にはひとこと所か長話をしてしまいそうになる。切り上げて行かなければ、日が沈む前に帰れなくなるな。
籠を背負い直して山の中腹へ向かう。
そこまで登らないといい薬草は手に入らないのだ。
うちの村は若者が少ないため中腹まで登れる者も少ない。薬草は重宝される。村から幾分が歩いた先にある栄えた街でもなかなかいい値段で売れる。
途中、山菜を摘んだり川で水分補給をしながら登って行く。
つい先日夫を亡くしたというのに、昨晩泣いたせいか、山の空気のお陰かとても清々しい気分だ。
なんて薄情なんだ。きっと義理の両親はいまだに泣き伏しているに違いない。
そうは思っていても足はしっかりと地を踏み登って行く。
「うん、神様のお山は流石だ」
そよそよと緑が揺れた。
「ふう」
やっと着いた。
と思ったら先客がいた。
黒い毛並みの立派な狼が横たわっている。
一瞬目が合ったが逸らされた。
これだけ近付いているのに襲いかかって来ないなんて。
恐ろしくてしばらく硬直していたがこちらを全く気にしない様子の狼に、いけそうな気がするなんて思ってしまう。
「ちょっと薬草採らせて下さいね」
尻尾が一度大きく動いた。
勝手にそれを了承の返事ということにして籠を下ろす。
薬草は季節のせいか一段と青々と繁っている。
「お山の薬草はやっぱりすごい」
また緑が揺れたと思ったら横たわっている狼がワフっと小さく吠えた。
びっくりしてしばらく狼の様子を伺うけど吠えたっきりまたそっぽを向いているので気にせず薬草を採っていく。
「こんなものかな。狼さんお邪魔しました」
一応声をかけるとまた尻尾が動いた。
そっぽを向いたままなのできっと「さっさと帰れ」とでも思ってるんだろう。少し可愛い。
ずいぶん重くなった籠を背負ってさあ山を下りるぞ、と一歩踏み出せば何故か足を挫いた。
「あ」
そしてそのまま転がり落ちた。