煩悩
「あの、ま、巻島さん、がっ」
なんか凄くどもる狐だ。
「落ち着いて狐さん」
「坂道君、名前ちゃんはこわくないよ」
話し掛けると何故が震え始めてしまった。
え、大丈夫?
「いえっ、あの、その、すごく睨まれてて」
「え?」
坂道君とやらはどうも視線が合わなくてどうやら私の顔より下を見て震えている。
え。
反射で自分の膝元を見ればなんと子狼が丸まったまま不機嫌そうに目を開けて坂道君を見ていた。
「荒北さんっ」
「…チッ」
「し、舌打ちされた、、」
「ふはははっ」
今度は真波君が急に笑い出した。
なんなのよ。荒北さん起きて嬉しいけど舌打ちされるし意味がわからない。
「っオイ、泣くなよ」
「だって舌打ちしたぁああ」
「名前ちゃん、落ち着いて。
舌打ちはせっかく膝を堪能してるのに邪魔しやがって、ていう意味だよきっと」
「真波テメー名前に触んな」
ガブリ。
私の肩に手をおいた真波君の顔面に飛び付いた小さい狼。爆笑していた真波君は今度は絶叫している。
とりあえず荒北さんを引き離すと真波君の鼻に綺麗な歯形が残っていた。
「荒北さんひどいよー」
「うるせ。その東堂譲りの気安さヤメロ」
東堂?また知らない言葉が。
「ていうか荒北さんいつから目覚めてました?
実は結構前から名前ちゃんの温もり楽しんでたでしょ」
「バーカ、楽しむじゃなくて癒されてたんだよ」
なんの言い合いよ。
なんにせよ荒北さんがこんな元気に動いて喋ってる。ちっちゃい狼だけど。
「荒北さん」
「…なんだよ。って泣くなって」
これが泣かずにいられるか。
よかった。
荒北さんが目覚めないのは本当は生を受けたくないからなんじゃ、と思ってしまっていた。
「ったく、この俺を引き留めたんだ。
覚悟は出来てんだろうな」
「覚悟?」
「ハァ」
こんな小さい狼にため息をつかれるとなんか情けなくなる。
「まだ本調子じゃねぇからやらないつもりだったが、」
うわ、
狼が人間の姿に変わっていく。
真波君と同じくらい、まだまだ小さい少年の荒北さんだ。
「可愛い!」
「…そう言ってられるのも今のうちだ」
なんか少年の顔ですごい悪どい表情してる。
それも可愛い、なんて思っていたら唇を塞がれた。
「んっ」
目の前には幼い荒北さんの顔があって唇にあたってる柔らかい感触がなんなのか嫌でもわかる。
わ、小さい舌が割って入っくる。
「ふぁ、んちゅ、」
「可愛いのはお前ダロ名前
で、俺にこういうことされる覚悟は出来てんのか?」
「荒北さんはいっぱい愛してやる!て言いたいんだよ」
「真波ィ!」
真波君は狐の坂道君の目を塞ぎながらめっちゃにこにこしてる。
ああ、人前でなんてことを。
ていうか
「荒北さん、キャラ変わってません?」
「肉体を持つと、もれなく欲求がついてくるからなァ」
また顔が近づいてくる。
こんな少年の姿でも荒北さんだとドキドキしてしまう。さっきから凄いこと言われてるけど思考が追い付かない。
「今までは気に入ってる可愛いがりたい人間という種族としてしか見てなかったけど、こうなったら名前は雌で俺は雄。
独占欲も今までとは比べ物にならねェし、やることはただひとつってワケェ」
「やること、、?」
「それも言われなきゃわかんねーの、名前チャン」
なんだかいやらしい手つきで頬を撫でられる。
また悪どい表情をしているし、咄嗟に真波君の後ろに隠れる。
ちょっとこれ以上は心臓が持たない。
「わー荒北さんそんながっついてると嫌われちゃうよ」
「チッ、そろそろ寝る」
あ、子狼に戻った。
戻ったというか戻らざるおえなかった感じだ。
かなり体力を使ったみたい。
「あっ、あの!お取り込み中すみません!」
「そうだ、坂道君ごめんなさい。それで巻島さんがどうしたの?」
コテンと倒れた狼を拾って膝に乗せなおす。