命の理
腕の中の確かな感触と温もりに目を開けると小さな子狼が眠っていた。
「…悪者は退散するッショ」
「巻島さん、待って下さい!」
居心地悪そうに去っていく巻島さんを何とか脳みそを動かして引き留める。
「山神様の角、知りませんか」
「…また来るからそん時話すッショ」
今は荒北も俺も療養が要る、と今度こそ出ていってしまった。
さあ、どうしたものか。
腕の中で眠る狼を見る。
可愛いけどこんなに小さくなってしまった。
療養ってどうしたらいいんだ。
「名前ちゃん、山神様のお社で様子みよう。浄化の池もあるし」
「名前さん、後は頼みます。荒北様の御霊は貴女によって繋ぎ止められています。貴女次第で姿形もお変わりになられるでしょう。今は福富家の柵から解き放たれ新たに貴女のためだけに存在しておられる」
寿一さんのご両親に深々と頭を下げられこちらも同じように頭を下げた。
寿一さん、荒北さんは私の家族にさせて貰います。
巻島さんのことも気になるけど今はとにかく荒北さんだ。
山神様は依然沈黙を貫いているけど大気の揺れで何となくではあるけど気持ちがわかる。
おおよそとある獣の鹿は山神様で、蜘蛛の巻島さんとずっと昔からこの御山にいた。
そして鹿は福富家によって人間の都合で神様へと召し上げられたのだ。大昔から山を統べ、動物の範疇を越え獣になった鹿はまさにその器としてぴったりだったのだろう。蜘蛛はその理不尽さに義を執り行った福富家を呪ったんだ。
でも何のために神を迎えなければならなかったのか。
小さな狼の子はずっと眠ったまま数日が経ってしまった。池の水を口元に垂らすと喉元が動くので飲んではいるみたい。
あとはひたすら抱き締めて過ごした。
新開さんは巻島さんのところへ行っているようで姿を見ない。
真波君が今の私のよき話し相手であり精神的に支えてくれる。
「このまま何も食べずに眠り続けたら衰弱しちゃうんじゃ、」
「名前ちゃん、大丈夫。自覚ないだろうけど荒北さんは名前ちゃんから気を吸ってるよ」
「え!」
「毛は最初より艶が出てきたし、ちょっと大きくなったと思わない?」
「確かにちょっと成長してる」
毛艶は櫛でとかしてるのもあるけど昨日今日と抱っこしていて腕が疲れてしまうのはそういうことだったのか。
肉体に囚われない存在だったのに自ら肉体に納まるって大変なことなのかもしれない。
そして肉体の内側で受けた呪いを消化しているのなら尚大変だ。
思うのは、ただ荒北さんと普通にお喋りして笑って触れられたい。
それだけだ。
膝に荒北さんをのせて縁側で涼んでいるとなんと小さな狐がやってきた。
「突然すみません、坂道と申します!」