君がため
まだあれから一月も経っていない。
すごく久しぶりに感じる福富家のお屋敷。
荒北さんは自分の家の様にずかずか上がっていくけど私は流石にそうはできなくて草鞋を脱がずに玄関で右往左往していた。
「名前さん、どうぞ中へいらっしゃい」
荒北さんが入って行った襖から寿一さんのお母さんが顔を出して、中へと促して下さった。
福富家のお屋敷はとても立派で数日お世話になったはずなのにやはり恐縮してまう。
お母さんの後に続いて屋敷の奥へ奥へと進んでいく。山神様のお屋敷より広いんじゃないかな。
今までとは趣の違う両開きの扉の前へやってきた。扉はすでに少し開いており、先に荒北さんが中に入ったのだろう。
部屋の中へ入るとそこは厳かな祭壇がありその中央で狼姿になった荒北さんが座っている。
荒北さんの奥には小さな木彫りの狼が敷物の上に大切に置かれており、おそらくこれが荒北さんの御本尊だ。
寿一さんのお母さんは部屋に入ってすぐにまず正座をして深く頭を下げていて、私もそれに倣うべきかと一瞬思ったけど私がそうするのは何か違う気がしてやめた。
御本尊は本当に小ぶりだけど長年よく祈られていたのがわかる年季と畏れを感じる。
「荒北さんはここから生まれたんですね」
気付けば私の隣でぴたりとくっついて座っている狼。頭を撫でたくなるな。寿一さんのお母さんは相変わらず頭を下げたままだ。
そういえば
「あの、お父さんはいらっしゃらないのですか」
「今朝から街に出ていて、そろそろ帰ってくる頃だと思うわ」
寿一さんのお父さんは葬式ぶりだ。
荒北さんがお母さんに目配せすると、主人が帰ってきたらまた戻って来ると言って部屋を出て行った。
「荒北さん、寿一さんはなんで死んでしまったの」
「福チャンは、自分が死ねば全部うまくいくって言ってた、」
荒北さんがこんなに傷つくのを寿一さんがわからないはずない。わかってまで決断したのは余程の覚悟があったんだ。
普段より小さく見える狼を抱き寄せた。