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その日の夜、人間の姿の荒北さんに後ろから抱きしめられながら布団に入った。
私は人間で、その腕の中にいる確かな存在なのにこんなに不安にさせてしまった。
この狼は今までずっと必死に呪いから福富家を守ってきたのだろうか。何にも囚われずこの眉間のシワを無くして生きることは出来ないのか。解き放たれるときはくるのか。
「寿一さん、もしかして、」
私がそうしてあげたいと思った事を先に成し遂げられてしまったかも。自分の命を持ってしてなんて、それ以上の事が私に出来るのか。
以前、山神様が話してくれた時に寿一さんと同じ舞台にやっと乗れた気がしたけどとんだ思い上がりだ。
「まだ、起きてんのか」
「ちょっと頭が冴えてきてしまって」
「考え込むなって」
またきつく抱きしめられる。
苦しいけど心地がいい。
こんなに自分以外の温もりを感じるのはいつぶりだろう。
むしろ初めてかもしれない。
「お前はいい匂いすんなー」
項に鼻を押し付けられる。
「くすぐったいです」
「フーン」
先ほどまで密着してたけどいやらしい雰囲気はまったくなかったのに急に何か怪しい空気が漂う。
もちろん後ろから。
さっきまで脱力してたのに自然と身体が強ばる。
「そんな警戒しなくても神と人間は交われねーから」
交われないだけであって触ることはできるケド、そう呟いて後ろからザラリ、耳を舐められた。
「…なに、するんです」
振り向けば目を細めて舌舐めずりしている悪い顔。
「前は水飲ませろって積極的だったじゃナァイ」
だって、そういう対象として好きだと思ってしまった。でも今はなんていうかそういうのじゃない。
色々あって正直あのときの気持ちも忘れかけていた。
「犬神の荒北さんにとって私はどういう存在なんですか」
私の質問に興が逸れたのか舌打ちが聞こえた。
「人間だな」
「うーん、ちがくて、」
「福チャンとはまた別の特別ダ」
「ほう」
「これで満足?」
なにも言わずただ頷いた。
「大体、俺が本尊から離れて御山を飛び出して駆けつけるなんて福チャンでも出来ねーヨ」
「あ、それってどういう意味なんですか」
「察しろバカチャン」
「えー」
もう寝る、と言って肩口に顔を埋められた。
もう話す気はないらしい。
暫く思い詰めてばかりだったから久しぶりに気が抜けたように思う。