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お屋敷の裏にこんな池があったなんて。
御山の上から流れて来ているのかな。
蓮の葉が浮いていて、時期がくれば綺麗な花が見れるのだろう。
荒北さんは血の汚れを落とすために沐浴するそうだ。
「名前、こっちこい」
私はいつもの縁側で隼人さんとお茶でも飲もうと台所へ行こうとしていた。
「沐浴なんてあんましないだろ、お前も浸かれ」
「え、毎日身体は拭き取ってるし、私汚くないですよ」
「そうじゃねーよ、これはある種のお清めみたいなもんだ」
いいから浸かるぞ、と横抱きにされて一緒に池の水に入る。
着物きたままなのに。
「冷たっ」
荒北さんは平気そうな顔してる。
「あの、聞きたいことがあって、」
「アァ、そうだろーな。でも話すのはここじゃなくて福富家でだ」
明日行く、そう言ってから何故か抱きしめられた。
「とりあえず無事でヨカッタ」
苦しいくらいにぎゅっとされる。
ああ、私はなんてことを
「ごめんなさい」
「ウン」
「やっぱり亡くなった寿一さんのことを想うと焦ってしまって」
そしたら大切にしたいものが見えなくなってしまっていた。
この御山が好きだし、この傷ついた狼を癒したい。私は寿一さんにはなれないし、まず一番は私が感じたことを大事にしなきゃいけなかった。
山神様も寿一さんもきっとそれが大前提でそれを持ってして何か私に託したんだ。
何かのために何かが蔑ろになるなんて本末転倒だった。
自分を大切に出来ない者に何が出来ると言うのか。
私は自分のことを忘れてたあげく、この狼を傷つけたのだ。
「ごめんなさいっ」
荒北さんは何も言わずに私の溢れる涙を静かに舌で舐め続ける。
なんだかそれがとても悲しくて美しくて慈しくて余計に涙が流れる。
この狼は誰かにとっては神で、私にとってはなんなのだろう。
「お願い、消えるなんて、言わないで」