脱兎
山の中をうさぎの後を追って走り抜けた。
町へ続く道に出ると狼の遠吠えが聞こえる。
「荒北に気付かれちまったけどここまで来くれば問題ない」
荒北さんの行動範囲の限界は山神様の御山までなのか。
私を守ろうとしてくれてた荒北さんの望まないことをしようとしているかもしれない。
それだけは胸が痛い。
「…おめさん、獣ってなんだかわかるか」
「動物の域を超えた生き物ですか」
目の前の頷くうさぎもそうだろう。
山神様が言っていた昔この御山に住んでいた生き物達。
真波君は天狗という妖怪だと思っていたけど獣だとしたら鷹なのだろうか。
「真波君も獣ですか」
「あいつは特別だ、山神の魂の欠片さ」
え、なんだそれ。
獣、山神様、その魂の欠片、そして信仰が実体化した荒北さん。
人間とは違う理でこんなにも多様な生き物が存在するなんて。
道中で兎は街に馴染むようにと人の形になった。
獣も荒北さんみたいに変われるのか。
もう既に理解出来ないことだらけで、ただ目の前で起こったことはとりあえず受け入れられる。受け入れるしかない。
それにしても荒北さん然りこのうさぎも浮世離れした雰囲気を纏ってる。街でもかなり目立ちそうだ。
「改めて、俺はこの山でただのうさぎとして生まれ気づけば獣として生きてきた。隼人って呼んでくれ」
「名前です」
御山に兎がいたなんて。本当に知らない事ばかりだ。
「なぜ隼人さんは角を探しているんですか」
「山神になったあいつを解放するため、って言ってもおめさんにはわかんないだろう」
苦笑いで聞かれる。そりゃわかるわけない。
けど、
「とりあえずあなたに協力したらいいんですよね」
「あ、ああ。けど、いいのかい」
「ここまで連れて来たんだから利用して下さい。それに私も寿一さんが何を考えていたのか知りたい」
「そう言って貰うと助かるよ」
先程よりしおらしいうさぎに少し戸惑う。
町までもう少しという所で隼人さんの足が止まった。
どうしたのか、前から歩いてくる深く笠を被ったお坊さんをじっと見ている。
「名前、俺におぶされ」
「は」
それから一瞬だった。
隼人さんに腕を掴まれたと思ったら彼の背中に乗せらて飛んだ。
まさしく脱兎のごとく来た道を凄い速さで戻っている。
「ああ、やっぱりあのウサギやないのぉ」
「ひぃっ」
覚えのない声に振り向くと笠を被った頭だけが後ろから追いかけてくる。
なんだあれは。お坊さんの胴体は先程の位置から動いておらず首だけで蛇のように伸びて着いて来る。
「そんでこの臭い女はナニィ、臭い臭いくさい、小汚い野良犬の臭い」