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「あいつは、福富家と名前のことになるとすぐ頭に血が昇る」
「それって、さっき犬神って言ってたのと関係あります?」
山神様はその姿すら見えないものの、言いにくい、という雰囲気がビシバシ伝わってくる。
天狗の真波?君は荒北さんに怒鳴られたのが余程堪えたのかぎゅっと抱きついたままだ。
ここ数日、私にとって非日常だらけでもうとっくに頭は着いていけてないけど
「山神様、私わからないなりに腹は括りましたよ」
「お主は本当に頼もしいな、
福が選んだのがよくわかる。
さて、何から話そうか
数百年あまり遡る。
この御山には古くからの生き物が住んでいて、それらは動物の域を越えた獣たち。
御山の麓には当時から小さな村があり皆貧しいながらも御山と獣たちを敬い、共存していた。
ある日その村に街からやってきた役人とその一家が越してきた。役人は村と街を繋ぎ、物流を促し、村は少しばかり大きくなった。
しかし、役人はある理由で御山と獣の反感を買ってしまう。そしてその一家はある獣によって呪いを受ける。
その一族に産まれる者は皆齢七つで苦しみもがき命を落とす、というもの。
当時その役人の妻は身籠っており、なんとしても呪いを受けるわけにはいかなかった。
そこで獣には獣を。一族は呪いに強い犬神を祀ることでその力で呪いを跳ね返した。
犬神は一族の強い信仰のもとで実体を持つようになった。
それが荒北だ。」
「役人一族というのは福富家ですね?」
「そうだ、そして荒北は信仰の対象だ。だから福富家に対する庇護の気持ちが強い。
しかし嫁いだとはいえ子供を産んだわけでもない名前にまでその気持ちがあるのが謎だが」
確かに。
あと呪いを受けた理由と荒北さんの加護がありながら亡くなった寿一さん、そして巻島さん。
まだわからないこともあるけど、やっと寿一さんと同じ土俵に立った気がする。
「俺からはこれ以上は言わん。
後は頼んだぞ、名前」
私に何をどうするとか具体的なことは言ってくれないのか。それに何を頼まれたのかもよくわからない。
でも寿一さんに何か託されて私がここにいるのは確か。そのために嫁がされたとか利用されたとは一切思わない。
それに応えたいと思う。
「山神様、今荒北さんは近くにいますか?」
「まあ、荒北はそう遠くまで行けんよ。何故気になる」
「勝手な推測ですけど、寿一さんが亡くなって、たぶんすごく傷ついたと思うんです。近くにいてあげたい。探してきます」
「その必要はない。きっと名前が呼べばすぐ来るさ」
なんだそれ。どんな理由であれちょっと嬉しい。
そんな存在は今までいたことがない。
寿一さんが亡くなってから夜聴こえていた遠吠えはきっと荒北さんはのものだろうし、以前寿一さんのお墓に行ったときも荒北さんはそこにいたし、悲しみがそうさせるのか、なんだかすごくわかるのだ。
「何より夜の山は人間が立ち入るべきではない。
今日はもう寝て、その頭を休めた方がいい」
「そうですね、そうします。おやすみなさい」
「名前ちゃんおやすみ」
真波君も翼を広げてどこかへ飛んでいってしまった。
「…荒北さん、」
縁側から小さい声で呼びかけた。
夜の山の静けさは自然の見えない力を感じるようで押し潰されそうになる。
しばらくして草木を掻き分ける音がして、だんだん近づいてくる。
屋敷の植え込みの向こうから黒いものが飛び越えてきた。
黙ったままでこちらを見る狼の荒北さん。
本当に来てくれた。
「隣に、いて欲しいです」
縁側から布団の敷いてある部屋に入ると後ろを着いてくる足音。
私が布団に入るとすぐ近くで丸くなって寝る体勢になった。
狼なのに猫みたい。
言ってしまったらきっとまた森へ戻っちゃう気がして言わなかった。
誰かと眠るのは嬉しい。
「おやすみなさい」