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ワイングラスを両手に持った犬山君はそのひとつをくれた。そして空いてたグラスはウェイターに渡してくれる。出会ったときから気が利くいい子だったけどあの時よりいい男になった気がする。無理なくスマートだ。
「みんな名前さんが来てくれて喜んでましたよ」
潮風を受ける彼の横顔に少しだけ色気を感じる。
へえ。
「なんか物珍しさにって感じするけどね」
「あはは、名前さんって普段ちょっと話しかけ難いけど今日はみんなテンションぶち上がってるからその勢いで話しかけにいってましたからね」
「嬉しいけど疲れちゃった」
「荒北先生も誘ったんですけど今日は休めないらしくて駄目でした。二人揃って来てくれればもっと盛り上がったのに」
「…見世物じゃないんだから」
まったく。でも荒北先生と船でお酒を飲むっていいかもしれない。
「…犬山君は研修終わったらどうすんの?」
「地元の病院に行こうと思ってます。ばあちゃんが入院してるから」
「そっか。じゃあ中々会えなくなっちゃうね」
「うう、そうっすね」
「こっち来るときは飲みに行こうね」
「もちろん!」
告白の彼女も犬山君も何処かへ行ってしまうのに私のなかに何かしら置いていく。
ふたりに限ったことじゃない。亡くなったおばあさんだってそうだ。
だからどうってことはないけど荒北先生がそうして行ってしまうのは寂しいどころの話じゃない。私は荒北先生に触れていたいし触れられたい。それが出来なくなるなんて考えただけでもゾッとする。
「来ちゃいました」
「パーティー楽しかったかァ?」
「はい」
斉藤先生に言われたこともあって荒北先生に会いたくて直帰せずに先生の家に来てしまった。
「ったくこんな服着てんじゃねェぞ」
肩をガブガブ噛まれる。
こうされたくて肩口が開いたドレスを選んだのだ。
先生の首に腕を回して甘えるように擦り寄った。
「やすともさんやすともさんやすともさん」
「…また何かあったろォ。名字ちゃん最近考えすぎ。あんま気にすんじゃねェ」
「善処、します」
こうして先生に引っ付いてるだけでいいの。
だから
「靖友さん、」
「あ?」
「今度屋形船乗りましょう。浴衣で!あと箱根も絶対行きましょうね。あとは」
「ハァ。名字ちゃんさ、俺どこにも行かないし焦らずゆっくり行こうぜ」
「なんで…」
なんでこの人はいつも先回りして欲しい言葉をくれるんだろう。
「名字ちゃんのこと好きだからよくわかるヨ。気持ち。俺も名字ちゃんとずっと一緒に過ごしていたいって思ってるし」
最近の情緒不安定具合は絶対荒北先生のせいだ。
先生のせいでもっと好きになっちゃうし、もっと不安になる。全部本気にさせた先生のせいにしてしまおう。
「靖友さんのせいで靖友さんから離れられなくなっちゃったから責任とってずっと一緒にいて下さい」
「喜んで」