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黒のタイトなパーティードレスに身を包み、髪を潮風で崩れないように纏めてみれば自分がずいぶんまともに見えた。
クルージングパーティーは殆どが研修医達で私のように誘われた病院の医師と看護師はちらほらいる程度。やっぱり浮くかと思いきや、研修医達が意外と話掛けてくれるから大丈夫だった。「名字さんと一度お話したかったんです!」といった感じに面識のない子まで寄ってきてくれる。
嬉しいけど疲れたな。
スパークリングワインを片手に人気のないところに移動して休もうかと思ったら先客がいた。
「斉藤先生、いらしてたんですね」
「おや、名字さんだ」
人のいい笑顔で笑う斉藤先生は小児科の貴公子と呼ばれ親しまれている。そう、先輩の旦那さんだ。
「いや~、酔った若者には中々ついていけなくてさ」
「わかります」
「君はまだ若いだろ」
貴公子は苦笑いも様になるな。
品のある香水の匂いがする先生だってまだまだ若い。
「荒北君と付き合ってるって?」
「はい」
「彼、すごく優秀だってね。よく聞くよ」
「小児科にまで伝わってるんですか、」
「…もしかしたら海外に行っちゃったりするんじゃない?」
斉藤先生でも意地悪な顔するんだ。
そんな予感はずっとしてきたつもりだけど人に言われるとダメージが大きい。
「…そうですね」
「ごめんごめん。でも一緒にいたいならちゃんと考えた方がいいよ」
「わかってるつもりですが、私ってそんなに考え無しに見えるんでしょうか」
「あー、そういう意味じゃないよ。ちょっとお節介だったかな」
「…いえ、ありがとうございます」
「君をこんなに落ち込ませてしまって、嫁さんに怒られちゃうな。ただの可能性の話だからあまり思い詰めないで」
うちの病院は外国のいくつかの病院と提携している。技術、設備を共有するため互いの医師が互いの病院に短期間滞在することはよくあるのだ。短期間といっても2年間の予定がそのままあっちの病院で勤めてしまってそれっきり帰って来ない人もいた。
荒北先生が駆り出される可能性はとても高いはず。
「あ、いたいた!」
手を振って行ってしまった斉藤先生と入れ替わるように犬山君がやってきた。