私が猫ならあの人に飼われたかった
「…どうされました?」
ナースコールに駆けつけるといつもニコニコのおばあさんの顔が青白くなっていた。死の直前だ。そんな匂いがした。
傍らには毎週日曜にお見舞いに来る息子夫婦がいてきっとこの人たちがナースコールを押したんだ。
「延命措置はしないって本人の希望だったんですけどね、」
まさかこんなに早く別れがくるとは。
きっとそう続くだろう言葉、私だってわかる。
昨日まで元気だった。元気といっても肉体面ではなく精神面だけど。
声がもう出なくても起きてるときはニコニコと花瓶を眺めていたり車椅子で中庭に散歩へ行くと桜や銀杏に頷くおばあさんと一緒に季節を感じた。
おばあさんの周りに流れる空気が好きで大して用も無いのに病室に居座ることがよくあった。
担当医を呼び、しばらくして脈が止まり死亡の確認をすると一度霊安室へ運ぶ。
この間、頭は真っ白でただ体だけは冷静に動いた。
数え切れないほど人の死に直面したが何かちょっとした居場所を失ったような思いはこれが初めてだ。
もちろん遺族はそれ以上の想いでいるだろう。
「名前ちゃん珍しく患者さんになついてたもんね」
「沈黙が、すごく心地好かったんです」
そっとコーヒーを入れてくれた先輩が背中を擦るから自然と涙が押し出された。
「あら珍しい」
「…先輩の中で私はどんだけ無感情なんですか」
「で、何急に」
「今夜は一緒にいて下さい」
「俺、明日早朝出勤。そんでもってすげェ溜まってる。つまり無理」
「セックスなしで横で寝させて」
「俺に我慢しろって言ってるゥ?」
「おねがい、します」
舌打ちしながらも突然来た私を家に上げてくれた荒北先生。次に先生の家に来るときはセックスするときだと思ってたけど不思議と興奮せず、ただ先生の背中に擦り寄って寝た。
「ったく、あんな顔で頼まれて断れっかヨ」