灰かぶりに蓮の花を




好きな女がいた。
いつも城の中庭、水瓶を抱えた女神像の噴水に腰掛け、水に浮かぶ蓮の花を愛でる女。城に入れるぐらいだから何処かの貴族の娘なのはわかっていたがとにかく気取らない女で、俺がこの城の王子なのを知らないのか声をかければ普通に返すし、恭しくしないし、無邪気に笑いかけてくるし、とにかく今まで女に感じていた「面倒」な感情をぶっ飛ばすような女だった。

互いに互いの名前は知らなかった。だけど会えるだけで良かった。言葉を交わすだけで良かった。つまらない経済論、政治談義を聞くより女と今日の天気とか蓮の花の話をする方が万倍楽しかった。ずっとこうしていたかった。

だけど続かなかった。

俺に縁談の話がきた。今まで何とか逃げていた話が歳を重ねるごとに逃げ切れなくなっていた。最終的に俺は外国に勉強するという事で逃げ切った。きっとこれが最後だ。王子として世継ぎは成さなければならない。その過程の結婚も絶対だ。

俺は女に花を贈った。贈ったというより、噴水に浮かんでた蓮の花をちぎり取って渡しただけだが。忘れないで欲しいとか、待ってて欲しいとか、好きだとか、そんな甘い台詞は言えなかった。キャラじゃない。だけど女はとても嬉しそうにその花を受け取ってくれたから、静かに高鳴る心臓に身を任せて俺は、唇に唇を重ねて、国を出た。







それから二年後、俺はこの国に帰ってきた。

女はそこに居なかった。

蓮の花も女と一緒に無かった。



後で聞いた話だが、蓮の花の花言葉は、


「離れゆく愛」







***.



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