お洒落の足元


(あ……かわいい……)


空腹を我慢した、仕事終わりの気分転換に立ち寄ったショップで私は一足の靴に一目惚れをした。
これからの季節によく合った可愛らしい色の華奢なパンプス。清純さと可愛らしさを兼ね備えた落ち着いた色合いにアクセントのあるヒール。そのヒールは横から見ると、いつもの私だったらこれはちょっと違うかも、と思わせる一面、正面から見ると自分の好みピッタリな愛らしいデザイン。
これを履いて街を歩いたらきっと新しい自分に会えるかも、なんて楽しい想像に浸ってこっそり値札を手に取る。


(うわ高……っ! 今履いてる靴よりゼロ一個多いし!)


靴は可愛いが値段の方がまったく可愛くない。
何事もなかったかのように手に取ったその靴をそっと置いて足先を違うショップへと向ける。
駄目だ、値段と自分が釣り合わない。それなりに収入はあるから買えるに買えるけど私が持っていても宝の持ち腐れ。もっと自分に合ったショップで、もっと身の丈にあった靴を探そう、うん、その方が自分にもお財布にも優しいね。


(ああでも……、それなりに高い靴って、それなりに可愛いんだね……)


普段自分が手を出さない値段を突き出されてその靴を戻したはいいが、ほんの少しの心残りが私の足を止める。
可愛い。けど高い。でも可愛い。
けど自分には勿体ない。
履くだけ履いてみる……?
いやいや、こんな品のいいお店で試着なんてイコール購入みたいなものだから迂闊に試着なんてできない。
明るいけれど落ち着いた、ふんわりとした色の照明に色とりどりの靴。宝石を並べているみたいにぴかぴかと輝く靴。見るだけでもわかるふかふかのソファに絨毯。
……駄目だ。完っ全に場違いだ私。商品を眺めているのでさえオコガマシイ。
改めて足先を隣のショップへと移そうとした時、「いらっしゃいませ」の声が私を呼び止めた。
やばい逃げ遅れた……!と思ったのも一瞬。
すぐ溶けてしまいそうな甘さを含んだ低い声の男性店員さんに目を奪われた。
ひどく寒い日の、真っ暗な夜空を思い出させる髪と切れ長の瞳。すっと通った鼻筋に形のいい薄い唇とそれに見合ったシャープな輪郭。見上げる程のすらりとした長身。高級感高品質溢れるお店に合わせた品のいいダークブルーのスーツに硬さを和らげるストライプのネクタイ。


(び、美人……!!)


ほんの一瞬だけ女性かと思わせる顔立ちだけど、きゅっと上がった意思の強そうな目や長い手足は間違いなく男性のものだ。
まるでテレビに出てる俳優さんがそのまま飛び出てきたようなその人は、イケメンという言葉より美人という言葉の方がしっくりくる。


「何かお探しですか」

「あっ、い、いえ、あの」


さらりと流れるその人の黒髪は夜に眺める川のようで。男性なのに背中まで伸ばした髪を後ろで一つに結い上げているのだけど、顔が同じ日本人とは思えないくらい整い過ぎているため全然いやらしくなくて、むしろ艶々で羨ましいと思えるほど。
そんな人に声を掛けられて、住む世界が違う! と一瞬で察した私はその場をなんとか逃げ出そうと思ったのだけど、その男性店員さんは先程までの私を見ていたのか、一目惚れした靴を手に取って私を見詰めた。


「パンプスをお探しで?」

「あ、あの、その、」


その人は店員さんなのに私に二コリともしなかった。けれど、それがかえって彼の美人さを際立たせる。ほんと……この人俳優さんかモデルさんみたいに綺麗。


「と、特に何を探してる、ってわけじゃ、なくて、その…、く、靴を、見てた、だけで……」

「『靴』……?」


それまで無愛想とも言える店員さんの目が「靴」の言葉と共に少し大きく丸くなった。
あ、あれ……。私、なんか言った……? と不安になるような沈黙が数秒流れて、私は頭の中で自分の頭を抱えた。


(っ〜〜〜! 馬鹿か私は……! こんなお洒落な靴屋さんを前に『靴見てた』とか! そこはパンプスとかブーツとか……! も、もう、地元のショッピングセンターにいるんじゃないんだから……!)


普段お洒落ワードなんて使わない自分のボロがあろうことかこんなところで出てしまった。
ああもうどうしよう。絶対この人にコイツうちの客じゃないなって思われた(事実だけど)! 
コイツ、ファッション知識とか皆無だなって思われた(事実だけど)!
何もこんな敷居の高い店で恥をさらけ出さなくてもいいじゃない、私の馬鹿! も、もう駄目恥ずかしい! 帰ろう、帰るよ私! と今度こそお店に背を向けようとすると、その店員さんは華奢なパンプス一足を両手に、私にこう言った。


「『靴』、せっかくなので履いていきませんか」


瞬きをしたらきっと見逃していただろう、店員さんの目がほんの一瞬だけ柔らかくなったのに見惚れた。
柔らかくなったと言ってもほんの数秒、コンマくらい。見間違いかもしれない。でも、見間違いだとしても、綺麗なものって、ズルイ。


「い、いえ……、確かにその、パンプス可愛くて見てましたけど、私なんかが履いたら、その子が可哀想で。」


ぱちり。
またその人は大きく目を丸くさせた。
あ、あれ、私またおかしな事いったかな、と苦笑を浮かべて眉を下げてみせるけど、その人は私の横に立ち、私の手を引くように店内へと腕を伸ばした。


「そんな事、履いてみなきゃわからない」


どうぞ、と。
履くなんて一言も言ってないのに私が履いていく同然に店内に招かれて、慌てて首を振った。


「あ、だ、大丈夫です。ほんと、可愛いなってくらいで見てただけなんで!」

「履くだけ履いてみればいい。気に入らなければそれでいい」


それは暗に押し売りはしないよ、と言われていて私は少し逡巡する。
いつもの自分なら絶対寄り付かない品のあるお店をバックに、その綺麗な人が可愛いパンプスを手にすらりと立っているものだから、何かのポスターを見せられている気分になった。
可愛いパンプスとそれを持つ骨張った長い指先が私を誘惑する。うう、すごくセクシーだけどセクシュアルを感じさせない魅惑的な絵だ。
……本当に、駄目だったら帰るからね。
気に入らなかったら本当に帰るからね。
知らないよ。
そんな目で店員さんを見上げれば、その人はそれでも構わないと小さく頷き、私はその人に誘われるがまま、優しい色合いの照明を浴びて柔らかい絨毯のひかれた店内に足を踏み入れた。
私は店の中のソファまで案内されて、そこに腰掛ける前に靴のサイズを聞かれた。そこで今履いてる靴のサイズを答えようとしたが、いつも足の横幅が大きくてサイズをさ迷ってるのをどう伝えようと言葉に迷っていると、その間に美人の店員さんはピタリと私のサイズを言い当てた。「え、すごい!」と驚くと、その人はまた一瞬目元を柔らかくさせて「仕事だからな」と返した。
座り心地のいいソファに腰を下ろすと、店員さんは「今ご用意致します」と私の横で膝をつき(ああ高そうなスーツが……!もったいない!)、ソファの下から店名の書かれたシックなデザインのスリッパを取り出した。


「こちらに履き替えてお待ちください」

「は、はい」

「あと……、こちらの靴をお預かりしても?」

「?」

「軽く手入れさせてください」


言いながらスリッパに履き替え、くったりと倒れた私の靴に手をかける店員さんに私は信じれないものを聞いたように目を見開いた。
お手入れ!!
私の履き潰す寸前のこの靴を!!
お手入れ!!
近くの店で買った2000円程度のぼろ靴に!!
お手入れ!!


「い、いい、いいです…! そ、そんな…!」

「軽く手入れするだけだ」


ブラシで汚れを落として防水スプレーをかけるだけ、とその人は続けたけどそれのどこが『だけ』なんですか…!! 立派なお手入れすぎる…! 2000円程の靴をこんな洒落た店でお手入れしてもらうなんて…!
買わないかもしれないんだよ! 私、試着して駄目だったら買わないかもしれない人なんだよ! それでもいいんですか! と言う間もなく、店員さんは私の靴を持ち去りレジ奥へと引っ込んでしまった。


(なんてことだ……。安物の靴のお手入れをさせてしまった)


正面の大きな鏡に、このお店には似つかわしくないちんちくりんな自分が映る。
安っぽい鞄と上着に、同じく安っぽい顔。全てが全て安物だ。周りを見渡せば品のよい奥様やら都内を颯爽と歩いてそうなお嬢様が居て思わず背筋を直して座り直す。今になって店内に踏み入ってしまったのを引き返したい。あ、やっぱ試着しなくていいです。なんて言って帰りたい。でも、そんな気持ちに押し潰されながらも、やはり一目惚れした靴を駄目元でもいいから履いてみたい。きっと似合わないんだろうけど、でも履かないでディスプレイをじっと見ているよりも、やっぱり似合わなかったとハッキリ諦めがついた方が心残りはない。
そう、履くだけ。履くだけ履いてみるだけ。自分を励ますように言い聞かせて大人しく待っていると、鏡に箱二つ抱えたあの人が戻ってきた。
その人はまた私の横で膝をついて(ああ、いちいち膝つかなくていいよ! スーツ汚れちゃう!)白い箱からあのパンプスを取り出した。薄い紙を丁寧に左右に開くと、真新しい先程のパンプスが姿を現す。


(わぁ……やっぱりすごく可愛い)


箱の中のその子はまるでこれからプレゼントされるビスクドールみたいにお行儀よく箱に収まっていて、自分を履いてくれる人をまだかまだかと待っているみたいだった。


「可愛い……」


自然と思ってる事がするりと口に出ていて、お母さんの宝石箱を覗く込むようにして、店員さんがパンプスを取り出しているのを見ていた。


「一応、二つサイズを持ってきた。横幅気にしてるようだったから、取り合えず先に大きい方から履いてみるといい」

「あ、はい!」


そっちの方が助かります! というか、あれ、私横幅気にしてるの言いましたっけ? と首を傾げると「パンプスを手にした時、横幅見てただろ」と言われて、この人よく見てるなぁと感心してしまった。あまり笑ってくれない人だけど、でも人の事よく見てる。接客が好き、というよりも、きっと靴が大好きなんだろうな。
店員さんが私の足元にパンプスを並べて、靴べらを渡される。この華奢で可愛らしいパンプスに、はたしてこの子は私の足に合うのだろうか、その前に履けるのだろうか、壊してしまわないだろうか(こんな綺麗な人を前にやっぱり足入りませんでしたとか恥ずかしくて死んじゃうな)、ドキドキしながら足を通した。足先がぐっと詰まる感覚に「あ」と声を漏らす。怖い。やっぱり入らないかもしれない。
そう、これ以上足を詰めるのを躊躇うと、店員さんの手が私のくるぶしあたりに伸びて人差し指を入れる。わぁ!わあ!


「大丈夫」

「で、でも、」

「大丈夫だから、いれてみろ」


履きやすいように指を入れてくれたのだろうけど、まさかそんな事されると思ってなかった私はそれも相まって怖くなる。


「で、でも、なんか、可哀想な事になってる…!」

「可哀想…?」

「く、靴が…! この子が…!」


私の足じゃキツイから悲鳴あげちゃいそうですこの子! と店員さんに言えば、店員さんは何度目かわからないキョトンとした顔を見せて、今度こそ、見間違いじゃないと言い切れるくらい、ふわりと目と口元を柔らかくさせた。
寒い日が続いた後の、雪解けを彷彿とさせるような笑みだった。


「いいから、履いてみろ」


絶対に大丈夫。そう言い切るかのような言葉に、隠しもせず不安な顔を浮かべながら私は足を再度詰めてみる。怖い。壊しちゃったらどうしよう。こんなに可愛い子、傷付けちゃったらどうしよう。そう思いながらも、靴べらの滑りと店員さんの指に促されて、すとんと私の踵がパンプスに落ちた。


「……入った」


最後はするっと落ちるように足が入ったのを、店員さんは「ほら、大丈夫だっただろう」と言わんばかりの目で私を見詰めていた。
そして、屈めていた上半身を起こし、目の前の鏡にスペースを空けられた。多分、立ってみろと言われているのだ。ふかふかの絨毯に優しくヒールを突き立て、おそるおそるソファから腰をあげた。


「……わぁ……」


立った瞬間、自分の足元に明るい花がぱっと咲いたような気がした。今までの自分は生気なんて無かったんじゃないかと思うくらい、この子を履いた足元が明るい。足元から光が浮かび上がってきたみたい。
かわいい……。
やっぱり、すごく可愛い、この靴。


「可愛い……」


鏡に映る自分に見惚れるなんておかしな話だけど、でも本当、靴を履いた足元が目を見開いてしまう程とても明るい。
そして、それを見詰める店員さんが鏡越しの私に満足そうに頷いてみせた。


「あ、歩いてみても……?」

「何歩でも」


鏡の前を歩くよう、店員さんが膝を引いてくれた。横から見えるヒール部分が、正面とはまた違った印象を私に見せてくれた。
いつもの自分なら選ばないようなアクセントのあるヒールが、貴方にはこんな一面もあるんだよと教えてくれるように私を見せていた。
素敵な靴。
どうしよう、可愛い、素敵、履きたい、欲しい。
この子と一緒に楽しいところたくさん歩きたい。
そう私が一歩を踏み出した時。


「あ……」


カポリ。
足の裏が開いた。
靴だけ床に取り残された感覚に足が浮いてしまう。


「やはりこのサイズだと少し大きいか。」


失礼、と店員さんは一言短く告げて、私の足先をぐっと親指で押した。
そ、そんなに力強く押しちゃって商品的に大丈夫なのだろうか、と不安に思いながらも、店員さんの指は私の足先を潰すことなく、サイズ的に余裕を見せていた。ああ……、横幅はなんとか入ったのにサイズが大きいなんて。またか、と私は肩を落とした。
これだ、これが嫌なんだ靴選びは。
いつもそう。可愛いと思って手に取った靴。サイズを見付けて履いてみるも横が狭い。ならばとワンサイズ大きいものを履いてみれば横は入ったけれど足が浮く。かぽかぽと浮く足裏にまたか、またこれか。やっぱり釣り合わないんだ……と小さく嘆息すると、店員さんは一緒に持ってきたもう一つの箱の方を開けた。同じく薄い紙を左右に開けば、今履いてるものより一つ下のサイズのそれが出てきた。


「今度こそ無理だと思います……。私、横が……」

「心配するな。絶対入る」


……この人は、一体何を根拠にそう言うのだろう。絶対、絶対無理だよ、入らないよ。きっと靴がすごい可哀想な事になるよ。絶対そうだよ。って店員さんを見返すも、店員さんはとにかく履いてみろと目で訴えてくる。
知らない。私本当に知らないからね。と渋々腰を下ろし、ワンサイズ下げたパンプスに足先を入れる。先程履いたものよりも早くぐっと詰まる感覚に怯む。するとそれを察したかのように、店員さんの指がまたくるぶしに入る。怖い。この子が痛いって悲鳴を上げそうで怖い。それでも店員さんは私の足を奥へ奥へと誘う。そして……。


(……はいっ、た……)


すとん、と。
また私の踵はその靴に落ちた。びっくり。ちょっと信じられない。絶対入らないと思ったのに。
そして、やっぱり可愛い。
足元からわくわくするような明るい気持ちがわき上がってくる。


「これで歩いてみろ」


そう言われたけれど、実は立ってみるだけでもちょっと怖い。座ったまま靴を履けたのはいいけれど、でも立った瞬間、この子が痛いって叫んだらどうしよう。そう、一足目よりも慎重に立ち上がる。
しかし、不思議と痛みはなかったし、この子も悲鳴をあげなかった。


「サイズ的にも、こっちの方が良さそうだな」


確かに。
一足目よりも横は締まっているけれど、そこまでキツイと感じるものではない。そして一歩、二歩と鏡の前を歩く。


「あ……」

「ちょうど良さそうだな。」


まるでこうなる事を予想していたかのように言う店員さんに、この人実は超能力者か何かと思ってしまった。だって、すごい、靴が自分の足に吸い付いてくるみたいにぴったりしてる。歩きやすい。
再度店員さんがパンプスの横と爪先を軽く押す。しっかりと中に詰まっているのを確認して、「文句ないだろ」とばかりに私を見上げていた(文句なんて最初からないけど)。
鏡に映る足元を見る。ぱっと花が咲いた足元。これからの季節によく合った可愛らしい色の華奢なパンプス。清純さと可愛らしさを兼ね備えた落ち着いた色合いにアクセントのあるヒール。可愛い。


「すごく可愛い」

「ああ。よく似合ってる」


鏡に映る靴を見詰めるその人の表情は柔らかかった。
……ああ、この人本当に靴が大好きなんだな、と思わせるのと同時に、靴とそれに見合う人を常に探してあげているんだな、と思った。それこそ男女が恋人同士になるように、靴とその履き主を繋ぎ合わせる、キューピットみたいな人。


「あ、あの、これ、……ください」


気が付いたら、私はそう言っていた。
だってここまで可愛い靴と出会って、それも履けてしまうなんて、もう他人のフリはできない。私、この子、履きたい。
そんな私に、綺麗な店員さんは誰もが見惚れちゃうような優しい笑みで「ありがとうございます」と告げた。
ありがとうございますなんて、私が言いたいくらい。あの時引き留めてくれてありがとう。大丈夫って背中押してくれてありがとう。こんな可愛い子と繋ぎ合わせてくれてありがとう。
靴にそこまで思うのっておかしいかな。ううん、でもこの人ならこの気持ちわかってくれそう。むしろ、もうわかってるのかもしれない。


「靴の横幅が伸ばせるから、今から伸ばしてくる。ちょっと待ってろ」

「え、伸ばせるんですか?」

「ああ。そしたら今よりも履きやすくなるし、横ももっとラクになるはずだ」


え、ええ……! 高い靴屋さんってそんな事もできるんだ……! 品質が違うところって受けるサービスも全然違うんですね、感動しました!
店員さんはそう言って、決めたサイズの靴を抱え、ソファの横からいつの間にか持ってきていた私のオンボロ靴を置いた。……今その靴を出されると非常に恥ずかしい。そうかお前、ちゃんと手入れされてきたのか。と苦笑しつつ、ちょっと待ってろ、と言われ私は大人しく待っていた。
すごい。どきどきしてる。こんなお洒落なところで買い物なんてしないからなぁ。最近買った高い買い物No.1だよコレ。でも、心がすっごく満足してる。
しばらく待っていると、伸ばしてきたという靴が戻ってきた。もう一度足を入れてみると、さっきよりも足と靴がうんとフィットする感じ。履きやすい。「うわぁ……ありがとうございます!」と言えば同じ人種とは思えない程綺麗な笑みを返された。(……綺麗なものってズルイ)
座ったままカード一括で支払いを済ませ、下駄箱に突っ込むんじゃなくてちゃんと大切に履きたいから箱に入れてもらって、私はその子を受け取った。
買っちゃった……。
高いけど可愛い靴、買っちゃった……。
店員さんから受け取ったそれに、一人にまにましていると、お客様に付くときは膝をつくよう指導されているのか、まるでご主人様か何かになった気分にさせてくれる店員さんが言った。


「ヒールのゴムの部分、交換できるのは知っているか?」

「……?」

「買ったそれ、もし壊れたり傷がついたりしたら、持って来れば修理ができる」

「そうなんですか?」

「ああ、ゴムの交換とヒールの交換で値段も違ってくるから、履きつぶす前にまた来るといい」


靴買ってそれで終わり、じゃないんだぁ。ちゃんとお手入れとかも見てくれるんだぁ。高いところで買ったことなんてなかったから全然知らなかったけれど、それなら納得のお値段かもしれない。……高いけど。
ああでも、長くずっとこの子を履けるなら、ちゃんと綺麗にお手入れしてあげたいな。
私は靴の入った紙袋を両手に抱え直し、店員さんにありがとうの意味を込めて笑顔で頷いた。


「わかりました。また、来ますね!」


ちょっと疲れを癒したかのようなオンボロ靴を履いてお店の外まで見送られる。
艶やかな黒髪と同色の瞳の綺麗なその人は、最後にここ一番の、今でも思い出しては赤面してしまう、優しい笑みを浮かべて私にこう言った。


「ああ。……待ってる」


ああ、綺麗なものって本当……。


お洒落の足元


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