メーデー、
職場でいつもお世話になってるチャオジー部長が飲みの席で「この後俺の先輩来るから!」と言ったので一体どんなおっさんが出てくるのかと思ったら、
とんでもない、イケメンのお化けが出てきた。
「こちら神田ユウさん。俺が昔からお世話になってる人。」
「は…じめまして…」
「はじめまして。」
見上げる程の長身に意志の強そうな眦が上がった目。長く豊かな黒髪は後ろで一つにくくり、高そうな生地のスーツを纏い、いい匂いがしそうな上品なシャツをその人はきていた。まさかチャオジーさんの知り合いにこんな見目麗しい方がいらっしゃるなんて(や、別にチャオジーさんがどうのこうのって言ってるわけじゃないんだけど、どう見てもチャオジーさんの知り合いって聞いてこんな人は到底思い浮かばない)。思わずぽかんと開けてしまいそうになった口を慌てて閉じて初対面の挨拶と名前を告げた。同じく、チャオジーさんの先輩こと神田さんもあっさりとした口調ながらも丁寧に返してくれた。綺麗につり上がった目はただの釣り目というよりも、鋭いといった感じだ。鼻筋も通ってて、顎のラインもこれでもかというほどに無駄がない。
この人…いくつだ…!?チャオジーさんの先輩っていうんだから最低40後半はいってる訳だけど、艶々な黒髪といいたるみなど知らない引き締まった体といいその身から溢れ出る若々しいオーラに年齢が読みにくい。今まで見てきた40後半男性ってどんなのだっけ。少なくともこんな綺麗な男の人はいなかった、というかこんな綺麗な男の人初めて見た…!こんな人ここに呼んでいいの!?もっと、こう、フレンチとかワインとかそういう単語が飛び交うお洒落なお店に呼ぶ人じゃないの!?どう考えても新小岩のさかなや道場(チェーン店)には出てこれない人でしょう!
「神田先輩何飲みます?」
「ビール飲みたい。」
「ウッス、あと何か適当に…ナマエちゃん頼んどいて。」
「え!?あ、は、はい…っ」
チャオジー先輩はおしぼりを持ってきた店員さんに「ビール」と告げてメニューを私に渡した。え、まさかそんな、この神田さんとやらが食べるものを私がチョイスするのですか?いやいやいや、どう見ても神田さんが食べるものここにないでしょう(別にさかなや道場を悪く言ってるわけではなく、むしろ私は大好きだ刺身美味しいし、だけどこの人を前にしたら何を頼んでいいやら、むしろ毎日この人何食べてんだ?)。
「あ、あの…何か嫌いなものとか、……あります…?」
初めまして、の次に交わした言葉はこれか。色んな意味で内心がっかりする自分に、怒っているわけでもない鋭い目が向い側から向けられる。
「特にない。出張帰りで何も食ってないから、たくさんたのむ。あとお前もなんか食え。」
「は、はい。」
取りあえずなんでもいいみたいだ。…と、何でもいいが一番困るんだけど。しかも私神田さんが来る前にチャオジー先輩と飲んでたからここは二件目…。ま、まぁいいか、とにかく、何も食べてないならお腹にたまるものがいいよね。
「ビールお待たせしました。」
「あ、すみません。ガーリックトーストと、卵焼きと、このサラダとお刺身。」
「かしこまりました。」
「…漬物とマグロの寿司と焼き鳥盛り合わせ、塩。あと焼きそば。」
かしこまりました、と店員さんがハンディーを押すのを見ながら言い足した神田さんに、この人はどれだけ食べる気でどれだけお腹が減ってるんだ…と小さく驚きながら瓶ビールをグラスについで乾杯のグラスが鳴った。
神田ユウ、さん。
先程あった通り、チャオジーさんの昔からの先輩でよく飲みに行ったりしているそうだ。職はアパレル関係で(なるほどお洒落把握)400人規模の会社の社長さんをされている。そう、何処か自慢げに話すチャオジーさんに相槌を打ちながら、目の前に座る神田さんの底知れぬオーラの正体を知った。会社の社長さん、ね。確かにただものじゃないオーラがひしひしと伝わって開口一番声が震えそうになったわ。チャオジーめ、とんでもない人飲みの席に連れてきやがって…。
「出張どこまで行ってきたんすか?」
「九州」
「ラーメン食ってきました?」
「そんな暇ねぇよ。」
チャオジーさんにとって神田さんは憧れとか尊敬する先輩とかなのだろうか。神田さんがチャオジーさんの言葉に短く返すも、チャオジーさんはどこか嬉しそうだ。結構冷たいとか素っ気ないみたいに感じるんだけど、もしかするとこれが普段のスタイルでいつも通りの人なのかもしれない。
なんてこっそり観察するけど、私が最も観察すべきは神田さんのグラスが空にならないように目を光らすことだ。乾杯の一杯目が半分になったところで私はビールをさり気なく注ぎ足す。
「で、コイツが前々から行ってたオンナノコか?」
「そうっす!ナマエちゃんです。」
「は、はは…」
小首を傾げながら言った神田さんに私は引き攣った笑みを浮かべる。…チャオジーさん何私のこと話してんすか。私ただのしがない事務員だから!前々からとかそういう会話に登場させるような人間じゃないから!
「確かに、気がききそうだな。」
とグラスに口付けた神田さんに私の心臓は変な汗をかきっぱなしだ。
な、なんだこの緊張感。おまけに微かな圧迫感を感じるし私が神田さんのオーラを見ていたように、神田さんも私を見定めるような目を向けてて、あの、なんかすごい面接みたい。そう面接。めっちゃ『私』をみられている感覚がする。あまりいい心地ではないけど、それを顔に出すほど肝の小さな女じゃない私は腹にぐっと力をこめる。
「仕事はどうだ。」
「あ、はい…社内の人に、ほんと、良くしてもらって………ます。」
「いつも何してんだ?」
「送り状の作成とか、納品書とか請求書、簡単な受注伝票書いたり…してます。」
面接を受けている気分というのはあながちハズレではない。さっきからこの神田さん、私が言う言葉を最後言い切るまで喋らない。それだけでわかる、この人はたくさんの人の話を聞いてきて、たくさんの意見をまとめてきた人だ。社長というのだから当たり前なんだろうけど、でもやはりすごい人なんだっていうのは会話しててもわかる。
「ナマエちゃん、ごめん、俺トイレ。」
「えっ…はい。」
ちょっと待ってくださいチャオジーさんいきなり二人で会話するのはあれなんでもっと場がほぐれてからトイレ行ってもらうと大変助かるのですが。なんて思いつつも奥の席に座るチャオジーさんが出れるよう席を立ち、再び席に戻る。チャオジーさんがいない、神田さんと二人きりの席に。
「お待たせしました、サラダとガーリックトースト、漬物です。」
会話が無くなりそうな気配にちょうど良く料理が届いた。店員さんから受け取って料理をテーブルに並べると少しだけ賑やかな気分になる。
「お前も食べろ」
「あ、ありがとうございます…」
だから二件目です、という言葉を飲みこみ、とにかく粗相のないよう持ってこられたサラダを小皿にわけ、神田さんに渡す。神田さんは箸を片手に「うむ」みたいな顔してて、本当にお腹がすいてたんだなとちょっと笑いそうになった。
神田さんはサラダとガーリックトーストをむしゃむしゃと食べ始め、いやほんとむしゃむしゃと食べててむしろ気持ちがいいくらいだ。たまに漬物をつまんでお茶のようにビールを飲む。私はそれに注ぎ足しし、次の料理が来たらまた並べ、ビールを注ぎ足し、ビールを注文…と、さながら給仕さん…。
「彼氏、いないんだってな。」
「え?」
「チャオジーから聞いた。毎日「欲しい」ってぼやいてるって。」
チャ、チャオジーーーーー!!!!お、お前社外で何私のこと喋ってるのー!しかも神田さんに!特に聞かれて困るわけでもないけど、でもこんな綺麗な男の人に毎日ぼやいてる内容知られたくないわ!しかも内容が内容なだけに!
「はは…えっと、残念ながら。」
「ふーん、なんかすぐできそうだけどな。」
「そうですかね…?」
「ああ、なんか色々、…気が利きそうだ。」
とは、多分私がグラスの中を絶やさないようにしているからだろうか。それは小さい頃から父の勤めていた会社の忘年会新年会に呼ばれてはビールをついでいたからだろう。気がきくんじゃない、しみついてるですよ。
「っと、ナマエちゃんごめーん。」
「あ、おかえりなさい。」
戻ってきたチャオジーさんに席を通し、再び奥の席につくチャオジーさんに神田さんが口を開いた。
「チャオジー」
「はい?」
「ナマエ…だったか?コイツ、仕事できるだろ。」
「ええ、それはもう大助かり。」
チャ、チャオジーーーーー!!!!お前私のいる前で何返してんのー!社交辞令でも恥ずかしいわ!
「あと、彼氏ができない理由もよくわかった。」
「えっ!?」
ひっくり返った声を出したのは私だ。ぐいっとビールを飲んだ神田さんを見詰めながらも、グラスにビールをそそぐ。ビールをグラスぎりぎりまでそそぎ、ゆっくりと瓶を離せばまた神田さんはグラスを仰ぎ、直箸で卵焼きをひょいひょいと食べる(本当にお腹すいてたんだなぁ)(なんかもりもり食べてるとこ可愛いかも)。そしてやっとかき込むのが落ち着いたのか、箸を置き、口元を微かに緩めた。
唇まで文句なしに形が良くて、その動きひとつひとつに、目が奪われてしまいそうになった。
「彼女っていうより、いい嫁になりそうだ。」
その笑みに、何故か胸が痒くなった。
………いや、ちょっと待て私。
その後、チャオジーさんが「でしょう?俺もずっと思ってたんすよねー。ナマエちゃんは恋人ってよりもいいお嫁さんになりそう!」と言っていたけど、あいにく私の耳はそれを聞いているようで聞けていなかった。
目の前に座る神田ユウさんという人が、私の心臓をぞわぞわとさせ怖くなってきたからだ。(それにしてもよく食べるなこの人…)(焼きそばまで一人で食べきっちゃった…。)
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