貴方の三歩うしろ


創立110周年を誇る我が白百合女学校は小中高一貫の、いわゆるお嬢様学校だ。「良妻賢母の育成」を教育理念として掲げ、今時珍しい、勉学や自主性をあまり重視せず、いかに女性らしくあるか、良い妻とは何かを常に考えさせられる伝統ある私立学校だ。先生は女性の先生を中心に、男性はいたとしてもおじいさん先生や中年の男性教師(あと掃除のおじさん)。まるで外(という名の男性関係)との関わりを根絶させるようなつくりになっている。
つまり今、(無駄に広い校舎を背に校門へと早歩きで息を切らす)私が何を言いたいかというと。


「ユウお兄ちゃん…!」


学校近くに男の人が、しかもとびきり顔が整った綺麗な男性が校門に立っていたら、学校の皆はそれだけですっごくパニックになるわけでして。


「遅かったな。」

「あ、えっと…週番だったの。」

「そうか。」


ご苦労だったな、と私に目を細めたこの綺麗な男性は、ユウお兄ちゃん。近所に住む私の幼馴染で、その…、あの……、えっと…私の………、許嫁だ。
で、でも、許嫁と言っても私達が小さい頃、昔から仲が良かった両親が勝手に決めたことで私達の同意があって決めたことではない。だから歳だって、私は高校生だけどお兄ちゃんは大学生で、そんなに離れてるってわけではないけど同い年ではない。


「あの…、どうして学校に来たの?」

「どうしてって…、迎えに来た。」

「わ、わざわざ?」

「不審者が多いって聞いたからな。」


し、心配して来てくれたんだぁ…。さらりと流れた前髪から覗く切れ長の目にどきっと、つい俯いてしまったけど、私はお兄ちゃんに小さくお礼を言った。
ユウお兄ちゃんは、昔から優しい。
砂場で一緒に遊んで泥団子ぶつけられたり、やったこともない木登りを無理矢理されて登りきった後降りれないと一人泣いたのを放置させられたりもしたけれど、いつも最後は私を助けてくれる。泥だらけになった私を苛めに来た近所の男の子を返り討ちにしたり、木から降ろしてあげると言った知らないおじさんを追い払って、ちゃんとお兄ちゃんが降りるの手伝ってくれたり。今はもちろん砂場や木登りで遊びはしないけど、こうして迎えに来てくれるところとか、優しくて、お兄ちゃんは昔から本当に優しくて、私は……。
私は、こっそりお兄ちゃんを許嫁とかそういうのを前に、好いている。
だからお兄ちゃんが海外留学から帰ってきて、改めて私の婚約者だと親から告げられて、私は内心すごく、すごくすごく嬉しかった。でも、その反面、お兄ちゃんが私をどう思っているのか、とても不安になった。親が決めた婚約者として、幼馴染として、私をすごく大事にしてくれるのはわかっている。お兄ちゃんはすごく優しい人だから。でも、だから、お兄ちゃんが私を疎んでいないか、不安になる。お兄ちゃんは優しいうえに、この通りとてもかっこいい。大学生だし、きっと私より交友関係も広いわけだから、きっと、他に大事にしたいヒトがいるんじゃないかって、私は思っている。


「…ナマエ?」

「……へ、」

「元気ないな。」

「…っ、!」


するりと頬を優しく撫でられ、俯く私の顔をお兄ちゃんがあげた。お兄ちゃんの大きな手がほっぺにあって私は、もう、どきっ!どころじゃない。私とお兄ちゃんを遠巻きになんだなんだと見ていた学校の子達がきゃぁっと声を上げたのと一緒に私も声をあげたかった。でもお兄ちゃんの手前そんなことできるわけもなく、立っているのがやっとというところ。


「…?熱いな。熱でもあるのか?」

「う、ううんっ、ない、ないよ!ちょっと、週番で重たいもの運んだから、疲れたの、かな!」

「そうなのか?」


本当にそうなのか、と確かめるお兄ちゃんにこくこくと頷いて、やっと離れた手(やっとと言っても多分30秒も満たしてなかったと思う)に全身の緊張がどっととれる。ああ心臓に悪い。お兄ちゃん、そういう思わせぶりなことしてどういうつもりなんだろう。って、意識してるのは私だけ。お兄ちゃんはその、あれだ、幼馴染とか妹とかそんな意味で私に触れてくるのだろう。そう思うと、どきどきしてた心臓が落ち着きを取り戻してくれる。


「帰るか。なんかすげー見られてるし。」

「あ、当たり前だよ。女子校に男の人いるってだけで大スクープなんだから。」

「いるって…、校門前だぞ。」

「校門前だからだよ。」


なんか、待ち合わせしてるみたいじゃない。男の人と待ち合わせなんて、みんなの憧れだよ。こうやって並んで歩くのも、こうして会話するのも、普段じゃ絶対ありえないことなんだから。


「迷惑だったか?」

「そんな!」


お兄ちゃんの隣、より数歩下がったところを歩く。すると顔だけこちらに向けたお兄ちゃんがそう言って、迷惑なんて!そんなことあるわけないよ!と私がぶんぶん首を振ったら、お兄ちゃんはまた目を細めた。

いつもは意地悪そうな、ちょっと目つきが鋭いその目が。


私に向って細められるのが、たまらなく好き。だいすき。



貴方の三歩うしろ


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -