予約のお客様
「空いたグラスをお下げしてもよろしいですか?」
「あ、お願いします。あと軟骨の唐揚げと茄子漬ちょうだい。」
「軟骨の唐揚げと茄子漬ですね、かしこまりました。5卓様注文頂きましたー!」
『ありがとうございまぁす!!』
予約のお客様
居酒屋の金曜と土曜の間の深夜は、明日は休みだからと完全に頭のネジが緩みきったサラリーマンばかりだ。こちとらバイトで金を貰っている身だからただ馬車馬のように働くだけだが…、正直困っている。
「いたいた!お姉さーん!」
「ナマエちゃーん!」
「……はーい!ただいま参ります!」
…さっきのであのぐでんぐでんサラリーマン達の卓に行くのは何回目だろうか…。私は見えないところで小さく溜め息を吐き、持っていたグラスを下げた。すると隣で同じくグラスを下げに来た神田くんがやって来て、
「…大丈夫か?」
「えっ、あ、うんっ!大丈夫だよっ」
同じホールスタッフの神田くんが声をかけてくれた。女の人みたいに美人なんだけど、少し(いやかなり…?)コワモテな神田くんは私と同期に入ったからか、それとも年が近いからか、このようによく気にかけてくれる。迫力のある美人さんだからみんな敬遠しがちだけど本当はとってもいい人。
いい人すぎて私が片想いしちゃう程、だ。
「さっきも掴まってたな。俺が行くか?」
「ううんっ、平気ヘーキ!今度は軽くあしらって帰ってくる!」
そんな…!飲み屋に絡み客は付き物だし、こんなの別にしょっちゅうだし、私は神田くんの優しさにやんわり首を振ってハンディを持ってぐでんぐでんサラリーマン達の卓へ行った。
「お伺いします。」
「きたきたナマエちゃんっ!えっとね、生みっつ!」
「はい生3つ。以上でよろしいでしょうか?」
「あとナマエちゃんをツマミに欲しいかなー!」
「寺さん何言ってんスかぁ!セクハラっすよセクハラー!」
「いやね、俺はセクハラじゃないよ!ナマエちゃんのことぉ、気に入ってんの!こんな遅い時間まで働いてねぇ、こんなおじさん達の相手までしてエライねぇ!」
「は、はは…ありがとうございます。(別にテメェらの相手してないから!)」
は、はやく皿を下げて戻りたい…。そんな気持ちはもちろん出せなくて私は愛想程度に笑ってその場をやり過ごしていた。こ、こんなの軽く、あ、あしらって、戻らねば…とサラリーマン達の会話に笑っていると、手前の寺さんとやらが私の手を掴んできた!
「ナマエちゃん番号交換しよ。」
「えっ」
「テラさーん奥さんに言っちゃいますよー!」
「違う違う!そんなんじゃないよね、ナマエちゃん?」
「(わ、私に振るな…!)あ、はは…すみません、今携帯持ってなくて…」
「あ、じゃぁメールは?」
「アドレス覚えてないんです、すみません。」
「寺さん、ナマエちゃん困ってる、困ってますから!」
「何ナマエちゃん、困ってるの!?」
「(困ってるよ!)そ、そんなことないですよっ!」
もちろんアドレス覚えてないなんて嘘だけど交換なんてできないし、したくもない!おっさん達と交換するなら神田くんと交換したいよっ!私は寺さんの手を自然に離して少しずつ後ろに帰ろうとしたら、
「ならナマエちゃんコイツならどう!?」
「へっ!?」
ぐっ、と腕を引かれて寺さんの隣に無理矢理座らされた。慌てて立ち上がろうとするけど、「まぁまぁ」と寺さんが離してくれなくて(テラてめー!!)そして寺さんは私と向かい席の男性を指差した。
「こいつコイツ!コイツ独身だし金持ってるよ!独身貴族!」
「寺さん何言ってんすかぁ!」
「いやね、俺は心配してんの!お前もう30になるだろ?いい加減嫁さんもらってだな…」
(嫁さんってその中に私はいってんのー!?)
ひぃぃっ!か、勘弁だよぉっ!わ、私まだ神田くんに片想い中だし、アプローチも何もしてないのにこんなサラリーマン(しかも30手前だと!?)と関係を持ってしまうのか…!!と表面苦笑混じりに心中涙目にヘルプミー!と叫んでいると、
「生お待たせしました。」
がちん、とジョッキの音がしてサラリーマン達はやって来たビールに「おおっ!きたきた!」と食らい付いた。ビールを持ってきてくれたのは神田くんだった!た、助かった!(ありがとうっ…!)神田くんが目で合図してくれて、私は頷きこっそり逃げようとしたが、
「ナマエちゃーん、そんなにおじさん達嫌いなのぉ?」
「(嫌いじゃなくて厄介だ…!!)あ、いえ、仕事あるので…」
「お客様、」
まだ何かあるんすか!とそろそろ泣きそうになった時、神田くんが空いたグラスを持って、立ち上がった私を後ろ背に庇ってくれた。
「すみません、そろそろコイツ返してもらってもいいっすか。」
「なにきみっ!かっこいいね!あれ!?ナマエちゃんと付き合ってんの!?彼氏!?彼氏なの!?彼女心配で来ちゃった!?」
て、てらァァァアアアっ!!!!いい加減にしてくれ!もうやめてくれ!やめてください!なんでもする!番号でもメアドでも交換するから神田くんだけには絡まないで…!!酒入ってるとしても私と神田くんが付き合ってるだなんて…!心配で来ただなんて……畏れ多いんだよぉっ!!
「で、彼氏なの!?彼氏!?」
「か、神田くん…」
あ、もう適当に流しちゃっていいから。適当に笑って流しちゃっていいから。と制服の袖をツンツンして言えば、神田くんはそんな私を見下ろして、しばらくして寺さん達に振り返った。
そして、
「その彼氏になる予定っス。」
だから、
あんま触んないでください。