保健室の神田君とラビ君


私が高校生の時、保健室ってこんなに賑やかだったっけ。ああでもそこまで保健室にお世話になっていた記憶がないから保健室って本来どんなとことかよくわからない。よくわからないんだけど、これは絶対に違うと思いますよ。


「ミョウジちゃん枕投げしよ!」

「しません。」

「えーノリ悪いさー!」


今日もお気に入りのバンダナをした赤い髪が特徴的なラビ君が「しないの!?」みたいな驚いた顔していたけど、する方がおかしいでしょう!一応ね、ここ保健室…!怪我した子や具合の悪い子の様子を見る部屋であって枕投げとかする場所じゃないから!!確かにベッドも枕も広さも申し分ないけどさ!全然そういう場所じゃないからね!!


「というか、保健室で枕投げしないで。」

「ほんじゃ、グラウンドいこ。」

「グラウンド行かないし行ったとしても枕投げしないからね!だから枕置いてってくれるかな!」


きっと枕よりボールでやった方が盛り上がると思うよ!


「えーやろうさー!楽しいって!どうせ暇っしょ。」

「失礼な!」


あるよ仕事!ちゃんと仕事あるもん!!ラビ君達が勉強してる時間ちゃんと事務作業とかしてるんだからね!と言っても休み時間はすぐ対応できるように軽めの仕事をしているから暇そうに見えるんだろうな。皆からそんな風に見られているなんて先生悲しいです、ぐすん。


「おいクソ兎。」


行こーってー!と腕をぐいぐい引っ張るラビ君にキミも可愛い顔してるんだから女子と行けばいいじゃない!キミ女子好きでしょー!と心の中で叫んだ時だった。いつも休み時間ぎりぎりまで固く閉じられている白いカーテンの向こうがシャッと開いた。そして。


「おっ、ユーウ!今日もここにいたのか。ユウも枕投げしようさ!あとアレンも誘って!リナリーは生徒会室…ぶっ!!」

「知るか。つうかうるせぇ。」


そして、片手に下げられた白い枕のそれがラビ君向って投げられた。ぼふん、と大きな音がラビ君の顔面からしたけど、くあ、と欠伸をした神田君は眠そうに私を見ると、ラビ君に引っ張られている腕を見るとすたすたとこちらにやってきて、私を見下ろした。


「…浮気か。」

「何がどうなってそういう結論に達するのか教えてくれる!?」

「ラビは駄目だ。あいつ年上好きだから。」

「まったく意味がわからないのだけど!!」


ラビ君が年上好きでどうして駄目なのかそして何が駄目なのかサッパリだよ!そして浮気する以前に私キミとそんな関係になってないから!絶対にならないから!!


「ユウはほんとミョウジちゃんが好きさー。ずっと独り占めだもんな。」

「あ?…っぶ!」

「だから皆で枕投げしよって言ってんさー!」


へへっ、仕返しさ!とばかりに今度はラビ君が神田君に枕を投げて、ぼふりと神田君の顔にそれがクリーンヒットする。ちょ、ちょっと待て。待ちなさい二人とも。そ、そんなことしたら、か、神田君がゆらりと持ち直して、枕握って…


「潰す…!」

「おー!やるさー!!」


必然的に枕投げになっちゃうじゃない!!手当たり次第近くのベッドから枕なりぬいぐるみ(ああ私のトトロ…!)を引っ掴んで始まってしまった枕投げに私はもうどうしていいのかわからない。とにかく今ベッドに寝てる子とかいなくて良かったと思うんだけど、この二人をどう止めようか…!割り入ったら絶対枕食らうよね!あんまり痛いのは好きじゃないかな!


「ふ、二人とも止めなさい!ここ保健室!」

「くたばれ兎!」

「いっで!んにゃろう!」

「頼む!やめてくれ!私のトトロが…!」

「オラッ!」

「ほいさっ!」

「トトロ…!トトロー!!」


「っ何をやってるんだ!!!!」


「………………」
「………………」
「………………」


保健室にはそぐわない、いや、枕投げも相当そぐわなかったけど、それ以上にそぐわない怒鳴り声が響いて一気に全身の血がさぁーって引いた。一瞬にして鳥肌たったわ。やばい。これはまずいすごくまずい。どれくらいまずいかというとまずいって言葉しか思い付かないほどまずい。ラビ君神田君私一緒にギギギと音が出るみたいな動作で怒鳴り声がした方へ振り向けば、野球部兼生活指導の体育の先生がそこにいて、もう死にたくなった。


「お前らここ何だと思ってるんだ!」


はい。保健室です。怪我した子や具合の悪い子が来る部屋であって到底枕投げする場所ではありませんわかってますすみませんでした本当に申し訳ありません。


「お前ら二人!来い!」


大股に歩いてきた先生は私の隣にどんっと効果音が付きそうな程立派に立たれて、私はもうただただ身を縮こまらせていた。呼ばれた二人は枕とトトロをベッドに置いてラビ君はヤベー見つかったーと苦笑、神田君小さく舌打ちしてた。


「ミョウジ先生も、どうして二人を遊ばせてるんですか。」

「すみません…」

「ここは保健室でしょう!」

「はい、ほんとすみません…」

「いつまでも学生気分じゃ困りますよ!」

「…はい、すみませんでした…」


やばい。本当にやばいことをした。ラビ君が神田君が、って話じゃない。私がその状況を止められなくて、ここは保健室で、枕投げなんて、ふざけていい場所じゃなくて、私は先生で、保健室の先生、もう大人で、学生なんかじゃなくて、すみません、本当にすみません。じわりと熱を持って込み上げる目の奥の何かを必死に耐えた。やだ、泣かない。ラビ君も神田君もいるんだもん。先生だっているし、私先生だし、泣いて許される学生でも何でもない。けど、泣きたいくらい、やばいことをしてしまった。


「ミョウジ先生は後で内線いれますから。」

「………はい」

「二人はこっちだ!来い!」


保健室の外は先生の怒鳴り声によって何かあったの?と覗いてくる生徒で溢れていて、ああもう消えてしまいたい。こういう体格のいい体育会系の人に怒鳴られたのって、何年ぶりだ…?ひ、久し振りすぎて足ががくがくしてるし。


「ミョウジちゃん…」
「ナマエ…」

「早く来い!」


先生に連れてかれていく二人が去り際に、心配そうに私に声を掛けようとしていたけど、先生に急かされて二人は渋々行ってしまった。ああ、もう、私本当駄目だな…。あそこで私がちゃんと止めていたら二人は今こうして叱られにいくことはなかったのに。ばか…、私も叱られるし、二人も叱られてしまうし、どうしてあの時痛いの嫌だって本気で止めに行かなかったのか。ばかばか。ごめんね、二人とも。先生が未熟者で。



***



「生徒とあまり仲良くしないでください。友達じゃないんですよ?」

「はい。」


生徒と特別仲良くしてる覚えはない。でも歳が普通の先生より近いし、最近まで学生だったからというのもあるから多分、話しやすいんだと思う。友達意識もない。ちゃんと生徒だって思ってるし、先生って呼びなさいって言ってる、つもり。呼ばれてないけど…。


「気をつけてくださいね。」

「はい、すみませんでした。」


まるで高校時代に戻った気分だ。体育の先生にこってり怒られて職員室を出るなんて。いや、高校時代でもこんなこってり言われたことは無かった。ああでも、あの勢いのまま、二人は怒鳴られてたんだろうな。嫌な思いさせちゃったな…。

放課後。私はまだかまだか…いっそのこと早く叱ってくれ待ってる時間が胃に悪い…!と待っていた内線をもらって職員室に呼ばれた。呼ばれて体育の先生とは思えないほどネチネチ言われて自覚を持てとか学生気分がうんぬんとか言われて、まったくその通りのお叱りにただただ頷くことしかできなかった。泣いてしまいたい。泣いてしまえばこのぐずぐずした気持ちが少しは発散できるでのはないかと思うのだけど如何せんここは学校だ。先生の泣き場所なんて、ない。

なんだかやけに遠く感じる保健室までの道のりをとぼとぼ歩いて溜息を一つ吐いた時だった。保健室の「只今席を外しています」のプラカードが下がったドアの前に、ラビ君と神田君がいた。二人は私を見ると私の名前を呼んで駆け寄ってきた。


「ミョウジちゃん!」

「ナマエ、」

「二人とも…」


駆け寄ってすぐに気まずそうな顔をする二人に、これから言われる言葉がなんとなく想像できて、ちょっと嬉しくなった。ごめんね、駄目な先生で。二人も、こってり怒られちゃったね。


「先生、まじでごめんっ」

「悪い…」

「ううん、こっちこそ…」

「俺…もう、保健室出る時、先生が泣きそうで、心臓超痛かった…。」

「私も二人が連れてかれた時、心臓超痛かったよ。」

「ほんと?心臓きゅーってなった?」

「うん、きゅーってなった。」


胸元を、ラビ君がしたようにきゅーっと拳を作って表現すれば、ラビ君はいつもより少し気が抜けたへにゃっとした笑みを浮かべてくれた。神田君も見上げれば申し訳なさそうな顔をしてて、私が神田君にごめんね、と言えば神田君は急にポケットに手を突っ込んでそれをシュバッと取り出し私の前に出した。神田君の拳からころんと姿を現したのは、苺の絵柄ついた白い包装紙にくくまれた小さなキャンディーだった。


「苺、好きって聞いた。」

「…はは…、すごいね、どこで聞いたのその情報。」

「ラビと、話してただろ。」

「…あれ?してた?」

「枕投げの前にしたさ。」


あれーしてたっけー?と記憶を探るもしてたようなしてなかったような。怒鳴られて記憶の一部がどっか飛んで行ったに違いない。ええ?でも、枕投げする前にしたっていうのなら、神田君、キミはその時寝てたんじゃなかったっけ?………なーんて考えてしまったのは隠して、私はその小さなキャンディーを受け取った。そしてさっそくキャンディーの包みを開けて口の中で転がす。甘い苺キャンディーは優しいミルク味と一緒に溶け合って、ぴんと張っていた私の体をゆっくりと解してくれた。


「ふふ、美味しー」

「ミョウジちゃん元気でた?」

「うん、ちょー元気でた。」


ありがと、って神田君とラビ君に言えば、二人は笑ってくれた。可愛い。生徒ほんと可愛い。今更だけど、保健室の先生になれてほんと良かったなーって思いました。

思えました!


「今度は、ちゃんとグラウンドでドッチボールしようね。」

「じゃ、俺ら今日のお礼にミョウジちゃん守ってあげるさ!」

「待て、人数によっては外野がいないぞ。」




保健室
神田君ラビ君


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