追い掛けた約束(4/6)


「おはようナマエ」


玄関を開けたらすぐそこにあった笑顔に胸が痛くなった。今日はその笑顔に理由のない別れを告げなければならないのかと思うとひどく心臓が軋む。ただの親戚のお兄ちゃんに別れろと言われて別れるなんて言えない。むしろ私は何をそんなに怖がっているのか。目の前の彼じゃない彼に言えばいいのだ。嘘を。彼とちゃんと別れたという嘘を言えば済む話ではないか。そう思うのに、どうしてか脳がそれを許さない。むしろそうすることを脳が怖れている。


「昨日メールが途絶えてびっくりしたよ。」

「ごめん…、帰ったら疲れてすぐ寝ちゃったの…。」

「だったら朝起きたらメールが欲しいな。何かあったのかと思って心配しちゃって押しかけちゃったよ。」

「ごめんね。」

「ううん、ナマエが無事ならそれでいいよ。」


目の前の人には平気で嘘を言えるのに、どうしてかお兄ちゃんに嘘は言えない。昨日はずっとお兄ちゃんと一緒だった。起きてた。確かに疲れていつもの時間よりすぐ寝てしまったのは事実だけど、その疲れがお兄ちゃんとのキスだなんて言えない。「さ、学校いこ」と差し出された手に私は脳内の恐怖を振り切って手を重ねようとした。その手に触れる前の一瞬だった。


「ナマエ」


昨日はお母さんもお父さんも帰らないから、危ないだろと言われて家に泊まったお兄ちゃんが玄関から出てきた。家が隣なのだから心配もなにもないだろうと言ったのにキス一つで私を黙らせた。昨日一昨日でわかる。お兄ちゃんのキスは、ひどく甘く優しく、麻薬のような中毒性がある。


「…ナマエ?」

「あ、えっと…、親戚のお兄ちゃん。この間海外から帰ってきて、昨日はお父さんお母さん帰ってこないから心配だって、泊まってくれて…。」

「そうなんだ。あの、初めまして。」


ナマエさんとお付き合いさせてもらってます、と彼は名前を告げてお兄ちゃんに頭を下げた。彼が頭を下げた一瞬お兄ちゃんは彼なんて見向きもせず私に笑ってみせた。わかってるよな、とでも言うように。にっこり頭を下げ終えた彼は挨拶ができて満足そうだったが、お兄ちゃんには蚊ほど映ってない。


「ナマエ、気を付けろよ。」

「…うん。ありがとう…。」

「じゃ、行こっか。ナマエ。」


もう一度差し出された手は、もう握れなかった。彼は私がお兄ちゃんの手前恥ずかしいのかと察してくれたのか強制はしなかった。今はその勘違いに感謝した。繋げられない。この人の手前で彼の手を取るなんて出来ない。脳が、それだけは止めろと言っている。私の体も、少し震えていた。


「いって、きます」

「ああ。」

「失礼します。」


お兄ちゃんは私が角を曲がるまで私をずっと見ていた。振り返らなくても視線でわかる。つい最近再会した相手に、私の体は立派に調教されている。逃げ道など…。


「ナマエ、どうしたの?」

「…え?」

「顔色、悪いよ。具合悪い?」

「う、ううん。」

「そう…。大丈夫なら、手繋ごう?」

「…うん。」


角の角を曲がって視線が気にならなくなった。今はただ、この出された手も、お兄ちゃんからの視線も逃げれなくって、私はされるがままだった。いつからだろう、私の意思がこんなにも軟弱になったのは。繋がれた手は、いつもより力強かった。


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