追い掛けた約束(3/6)


彼氏がいるの知っててキスしてきた男性となんて二度と会いたくないと思っているのに、それは思っているだけで終わった。彼氏の家から自宅へ戻ればお兄ちゃんがリビングに何の違和感もなくソファに座っていた。


「男とは別れたか。」


まるでおかえりとでも言うようにさらりと言ってのけたお兄ちゃんに私は微かな抵抗を見せつけるように眉を寄せた。


「別れません。」


そう言うとソファで洋書を読んでいたお兄ちゃんがびっくりしたように目を丸くして顔を上げた。なに、その、驚いた顔。こっちが驚きたいよ。何であなたが私の家のリビングにいてゆっくりソファに腰掛けてて帰宅を迎えた第一声がそれなの。本来なら鞄ぶつけて帰れ!と叫びたいのだけど一応知り合いで親戚なわけだからそうもできず、じっと彼を睨んでいるとお兄ちゃんはしばらく考えた後「反抗期か…」と呟いてソファから立ち上がった。


「ちょっと…」


ずんずんと私に向かってやってくる長身のその人に昨日の出来事もあって身構える私。ぎゅっと鞄を抱きかかえて縮まる距離に体を固くさせていると、その人の手が私に向かって伸びてきて、何をされるのか強く目を瞑った。昨日みたくキスなんてされたくないと顔を逸らした。


「ナマエ」


すると聞こえたのは苦さを残す甘い声で呼ぶ私の名前で、伸ばされた手は私の髪をすくった。そして指先の感触を残すような優しい手つきで髪が耳にかけられる。訪れるのは耳殻に熱くて甘い吐息で、すぐに敏感なそこに舌先が触れる。


「俺の言うことを聞け。」


有無を言わさず命令されているのにぞくぞくしてしまっているのは間違いなく耳を舐められているからだ。顔を逸らして逃げても逃げても追ってくるその舌先はとてもくすぐったいのに刺激的だ。だから私は彼氏がいるのだからこういうことは止めてほしい。抱えた鞄を胸に押し付けて距離を取ろうもその手を掴まれて鞄は床に落ちてしまった。


「やめて、ください…」


誰に言ってんだよ、と囁かれ突き放す言葉なのに声音は随分と優しい。体と脳がおかしくなってしまいそうだ。昨日もそうだ。押し倒されて押さえ付けられたのにキスが蕩けてしまいそうな程優しかった。今は、強い口調で言われているのに舌先が甘い。この人は何がしたいの。久々に会った遠い親戚の私に何を求めているの。いつの間にか私は床に座り込んでいて、されるがままこの人に昨日のようなキスをされていた。正直に言うと、耳を経験上ない程に解されてしまって足に力が入らなくなった。そして床に座り込み息を整えるために開いた唇を奪われてしまったのだ。逃げるのならその唇に噛み付いてしまえばいいのに、何故か私の脳はそれをしてはいけないと強く強く危険信号を発していた。唇を噛めばどうなってしまうのだ。


「ナマエ」


耳の少し上、こめかみに唇を当てられて体がびくりと跳ねた。


「もう一度言う。別れろ。」


強い口調とは裏腹に撫で愛でるように太ももを触るお兄ちゃんについ「はい」と返事してしまいそうになるのを寸でのところで耐えた。弱々しくも首を振れば太ももを撫でるお兄ちゃんの大きな手がスカートの奥へと指先を伸ばしてきて慌ててスカートを抑える。違う意味で力強く首を振ればお兄ちゃんは黒い瞳に私を映して少しの間を置いた後「俺…焦らされてんのか?」と首を傾げた。


「もう、やめてください。こんなこと許されるとでも…」

「それはこっちの台詞だ。」


ああまただ。叱るような口調なのに、触れる唇はこんなにも柔らかい。


「お前こそ許されるとでも思ってんのか。俺以外のものになるなんて。」

「…いつ、私が貴方のものにっ」

「昔から。」

「むかし…?」

「お前が小さい頃から、お前は俺のだ。」


まるでこの玩具は俺のだって言ってんだろと言われてる気分だった。私が小さい頃から、私は貴方のもの?何、それ。私は玩具じゃない。貴方のものでもない。好き勝手にされていいようなモノじゃない。悔しさと理不尽さに涙が込み上げてきて耐えきれずぽろぽろ涙を流せばお兄ちゃんは指先で一つ一つ拭ってくれた。でも拭っても拭っても止まらない私の涙にお兄ちゃんは「もったいねぇな」と呟いて舌で拭い始めた。顔を両手で固定されて自分で拭うこともできず、ただただお兄ちゃんに涙を舌先で拭われていると本当に自分が彼のモノなのだと錯覚しそうになる。違う、から。私貴方のモノじゃない。簡単にキスされていい女じゃない。


「おにい、ちゃん…」

「ナマエ、明日には別れろ。いいな。」


それなのに、どうして私の脳は彼に逆らうなと言って頷かせるの。


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