追い掛けた約束(2/6)


お風呂を上がってすぐドライヤーで髪を乾かしたため体が熱い。火照る体をベッドに放り投げて打ち途中だったメールを再開する。お風呂あがったよ、と打って送信ボタンを押せば自分の部屋からでも一階の母の話し声が聞こえてきた。その楽しそうな声に昨日の声が混じる。昨日、また来ると言っていたけど本当に来たんだ、お兄ちゃん。記憶の中にいるお兄ちゃんしか知らない私は彼がどんな人物かを知らない。でも彼氏について顔を顰めたことや、お母さんにちゃんと挨拶に来てるのを見ると結構真面目な方なんだとわかる。でも今更だな、留学してそのままお仕事にも就いたのに帰ってきたんだ…。里帰りみたいなもんかな、とベッドの上で寝返りを打つと部屋の向こうから足音が聞こえてきた。床とスリッパが接触する音は間違いなくお母さんの音ではなくて、え、まさか、と体を起こすと同時にノック一つも無しに私のドアが開かれた。


「なんだ、もう寝るのか。」


そして昨日の今日…、お兄ちゃんが現れた。お兄ちゃんは私のパジャマ姿に意外そうな声を上げてそのまま、何の躊躇いもなく私の部屋に入り、ベッドの上に座る私の横に腰掛けた。腰掛けた際にお兄ちゃんの膝が直角にはならず上を向いたことに足の長さを見せつけさせられる。


「寝ます…。」


正直ノックぐらいして欲しい、と咎めたいのだが先程言った通り、昨日の今日で再会したお兄ちゃんにそんなこと言えるわけでもなく、何となくパジャマの襟元を握って彼を見上げた。昨日の段差といい今の状況といい、彼は本当に背が高い。すらりとしている。おまけに美形ときた。…神様って不公平だな。こんな艶々な黒髪に呼吸を一瞬忘れさせる程の強い目、羨ましい。


「おやすみのメールか?」

「え…?…あ、はあ…、まぁ。」


その目がふと下に、私の携帯を握る手に止まった。お兄ちゃんは私に彼氏がいることを良くないと思っているのはその顔を見ればわかる。明らかに顰めたその顔にばつの悪い感じになってしまうのは何故だろう。高校生が彼氏いるなんて別に大したことじゃないし居る子は居るものだ。それは海外だって一緒だろうけど、どうしてお兄ちゃんにそんな顔をされると途端に自分が悪いことをしている気分になるのだろうか。自分でも情けない程縮こまってしまって出来るのならこの場から逃げてしまいたいと思うのだが退路は目の前の人によって塞がれている。


「不愉快だ。」

「へっ…?」


目の前の人ははっきりと私にそう言って、両肩を押してきた。ベッドに座ってるだけの私は押されてそのままコロンとベッドに転がったのだけど、起き上がることを許さないようにすぐお兄ちゃんがその上に圧し掛かってきた。組み敷いているとはまさにこのこと。まるで少女漫画のような場面に少しくらいトクンなんて甘く心臓が高鳴っていいものの、どうしてか私の心臓はバクンと大きく鳴って脳内で逃げろの文字が出ている。


「お前から言ってきたクセに。」


握っていた携帯が手を繋ぐ代わりに弾かれて、私の手には携帯じゃなくてお兄ちゃんの手が握られていた。まるで縫い付けられた状況に、うわ、まずい、と思ったのも束の間、お兄ちゃんの怖い程整った顔が近付いてきて防衛反応か何かで瞼をぎゅっと閉じる。次に訪れるのはぎゅっと瞑った瞼が何だよ!って文句言いたくなるくらいの優しいキスだった。圧し掛かかられている体と一ミリの隙間もなく握られた手とは正反対の、ふにゅ、と触れた唇は蕩けてしまいそうな程甘く優しく。触れた唇がゆっくりと離れて、故意に吹きかけられた吐息は全身が溶けてしまいそうだった。


「お、兄ちゃん…?」

「男とはさっさと別れろ。」


まるで俺が帰ってきたんだから、とでも言うようにもう一度キスが落ちてきて、そうだよ私彼氏いるんですけど、と握られている手を押し返すもその手は強い力に押さえ付けられててびくともしない。なのに触れる唇は涙が出そうなくらい優しくて、その強さと優しさのちぐはぐなバランスに私の体はばらばらにでもなってしまいそうだった。離れた形の良い唇はキスだけじゃ収まらず、私の顎、頬、眼尻、最後に額に落ちてやっと私は解放された。私から起き上ったお兄ちゃんはぽかんと惚けてしまった私を上手にベッドの布団の中へと入れて、気付いた時には赤ちゃんがされるみたいに頭をぽんぽんと叩かれていた。


「おやすみ、ナマエ。」


いい夢見ろよではなく、俺の夢見ろよ、と囁かれた言葉に一瞬聞き間違いかと思ったが、何がしたかったのかお兄ちゃんは私の部屋から出て行ってぱちんと部屋の電気を消して去ってしまった。最後にドアが静かに閉じられて、はて、一体何が起こったのか息つく暇もなく流れて行った展開に私はただ、暗闇の中目を丸くするだけだった。


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