ストロボナイツ



「見て神田!流れ星!」

「あ?」


黒と群青のインクをぶちまけたかのような空を一人の少女が指差した。ナマエが指差す夜空にはたくさんの星がダイヤを散りばめたように光っている。一瞬、空を滑るようにダイヤが光ったが神田が夜空を見上げた時には流れ星などなく、隣で祈るように目を閉じるナマエがいるだけだった。


「あと三キロ痩せますようにっあと三キロ痩せますよ……あっ、もうダメか…。」

「…………………」


やけに真剣な表情をして願っていると思えばナマエから出た言葉はそれだった。神田から見れば彼女はスッキリとしている顔立ちで体格だって細いと感じているが…、彼女はまだ細くなりたいらしい。それ以上痩せてしまったらゴボウになるのではないか、と思う気持ちは溜め息にのせて吐き出した。


「もっとマシな願い事はねぇのかよ。」


ないよ!とナマエは振り返ると同時に元気よく言った。


「私意外に控えめな女の子だから。痩せる願い事しか今無いの。」


なんて可愛らしく小首を傾けるナマエに「控えめか?」と言えば「控えめよ!」と返された。


「他にないのかよ。」

「神田はあるの?」

「星には願わねぇ。自分で叶える。」


神田らしいね。とナマエは言って空を見上げ、神田も空を見上げた。空にはいっぱいの星。星。星。不規則に散らばる星は個々に光の具合が違ってまるで人のようだった。強く光る奴がいれば弱い奴もいる。そういえば死人は星になるという話を聞いたことがあるが…あれは絶対に嘘だと神田は思う。あれが死人ならばこの空には星ばかりになって昼並みの明るさになるだろう。毎日山という程人が死んでいるのにこの夜は未だに真っ暗だ。まぁ百歩譲って星が死人だったとしよう。それで?それなら自分達は自分達の願いを死人に願ってどうするのだ。死人は還ってこない。還ってこない人に願いを聞かせてまったくどうするのだ。

神田はつまらなさそうに夜空から視線を外して隣の少女を見つめた。少女の瞳にはたくさんの星が映っていてキラキラと輝き、綺麗だった。神田はナマエの横顔に「お前は無いのかよ、願い事。」と言った。横顔は掴めもしない星に手を伸ばし、「他に願い事なんてないよ。」と首を横に振る。


「私、願い事はほとんど叶ってるから。」


星を掴めなかった拳をほどいてナマエは言った。その手を胸に抱きナマエはゆっくりと続ける。


「今生きてること、毎日美味しいご飯が食べられること、リナリーとお喋りができること、ラビのくだらない冗談が聞けること、」


まるでおとぎ話を子供に聞かせる母親のような声に神田はナマエを見つめた。見つめられていることに気付いたナマエは少し恥ずかしそうにしてから、優しく微笑んだ。


「神田とこうやって星を見れること。」


毎日いつも通りに過ごせる事が幸せ。そう少女は言った。


「で、神田の願い事って何?」


そんなの…、神田はナマエから視線をそらし逃げるように夜空を見上げた。彼女があまりにもリッパな事を言うから自分のが言えないではないか。


「うるせー」


神田がツンと顔をそらせばナマエは「なによー」と不満そうに唇を尖らした。それを横目で見た神田はナマエの腕を引っ張り自分の胸の中に閉じ込めた。


「わっ…!」


胸に倒れ込んだ彼女を大事そうに抱き締め、彼女の細い肩に顔を埋め、彼女の細い腰に腕を回した。


「俺の願いは…」

「?」

「俺の願いは…、」


お前がいつまでも俺の名前を呼んでくれることだ。星が流れる音よりも小さい声で呟いた。神田の言葉は星にも彼女の耳にも届かず消える。


「え?ねぇ、神田。聞こえなかったんだけど。ていうかちゃんと言った?」

「言った。一回で聞き取れカス。」

「…お前ちょっと顔がいいからって何言っても許されると思うなよ。」


ぐに、と頬を摘まれた。「神田の頬には肉が無くて摘まみにくいよ」ナマエは摘まんだ後に言って苦笑した。神田は「なら摘まむな。」と言ってナマエの手をほどいた。




「名前、」



「え?」

「俺の名前呼べ。」

「はぁ?」

「いいから呼べ。」


急に何を言い出すのだ。しかしナマエが眉を寄せても神田は「早くしろ」とばかりに睨むだけだった。


「…神田。」

「違ェ。そりゃファミリーネームだろ。」

「すみませんねー。神田が無愛想に言うもんで神田のファーストネーム忘れちゃいました。」

「……………………。」


不満そうに細められる目にナマエは怯むことがなかった。むしろ楽しそうに目を細め返された。


「で?なんて呼んで欲しいの?」

「……………………。」


神田の首後ろに彼女の細い腕が伸びる。近くなった距離にうるさく鳴る心臓の音は神田のものだった。


「………ユウって呼べ。」


小さく、短く、素っ気なく、神田は言ったがナマエは聞き逃すことなく神田に答えてあげた。


「ユウ。」


「もう一回。」


「ユウ。」


「もう一回。」


「ユウ。」


「もう一回。」


「ユウ、また星を見ようね。」


「もう一回。」


「ユウ、これからもずっと一緒にいてね。」


「もう一回。」




「大好きよ、ユウ。」





もう一回の代わりにキスをした。



星に願いを請うなら

キミに願いを請おう。


ス ト ロ ボ ナ イ ツ



キミと星を見るという軌跡



kz
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