こける前に抱きしめて!
アホの子、会話が絡み合わない、いつも花が咲いてる(頭の中に)、と言われるコイツを堪らなく構ってあげたくなる俺は異常なのだろうか。
「それでね、その時反対の列車乗っちゃって、ニ、三駅ぐらい気が付かなかった!」
あれは本気で焦った!とまるで今さっき列車を乗り間違えたように言うナマエを俺は本気で「馬鹿だコイツ」と思う。そしてそれと同時に「コイツの馬鹿をはやくなんとかしないと」と思う。こうやって前も見ずに歩く姿は本当に危なっかしい。俺に向かって話しかけてくれるのは悪い気はしないが…、こいつ馬鹿だから絶対こける。「おい、ちゃんと前見て歩け」と言おうとした時だった。
「わっ…!」
ビタンッ、という音と共にナマエが俺の視界から消えた。…いや、自分の足に引っ掛かってこけたナマエがいた。言わんこっちゃない。呆れと哀れむような視線を送ればナマエはケラケラと笑った。どこら辺がおもしろかったのか教えてくれ。
「もーやだぁ!私こけたの今日で二度目だ!」
…こけたのがおもしろいのか?それとも二度目がおもしろいのか?俺は仕方ないとばかりにナマエの手を取って立たせてやる。ちょっと引っ張ってやればナマエはすくっと立ち上がって「神田力持ちぃ」と楽しそうだった。ばかやろう。俺が力持ちじゃなくてテメェが軽いんだよ。体も頭の中もふわふわしやがって。
「ありがと!私、神田のそう言うさりげない優しさ好き!」
「ば…!か、勘違いすんな!お前がずっと座り込んでたら通行の邪魔だろっ」
「はっ!そうだね!さすが神田ぁ〜。」
気が利くねぇ、なんて俺が誰に気を配るつもりだ。いや、駄目だ。こいつの意味不明な会話なんて今に始まったことじゃない。
「とにかく前見て歩け、だいたいお前は…」
「大丈夫だよー。今日二回もこけてるんだよ。さすがに三回はこけない゛っ…!!」
言ったそばから…!あぁ、と溜め息をつく前に俺は目の前を倒れていくナマエの腕を取って腰を抱えた。「ふわぁっ」となんとも力のない声を出したナマエを抱えて安堵と呆れの溜め息。
「俺の話を聞いてたか…?」
「き、聞いてた聞いてた!ちょっと余所見しちゃっただけだもん!」
(…聞いちゃいねぇ。)
どうしたらこの馬鹿は治るだろうか、馬鹿につける薬はないと言うがむしろ薬うんぬんどう生きてきてこんな馬鹿になるのだろうか。こけて着いた埃とかゴミを叩いてやれば俺はナマエの足に赤い擦りむいた痕を見つける。きっと先程こけた時に擦ったのだろう。一撫ですれば「ひぅっ」と声が上がった。…染みたらしい。
「あぅ〜地味に痛い…。」
「医務室行くか。」
「ん〜。」
別に放っておけば治るがこいつのことだ。また何処かでこけて赤い擦り傷を作るだろう。ならば絆創膏でも貼って少しでも大人しくしてろ。というかしてくれ。そして余分に絆創膏もらってこい。予備用に。
***
「すみませーん」
「…誰もいないみたいだな。」
「だねぇ。」
医務室に行けば珍しい、誰もいない。と思えば会議中の札があって仕方ないと俺は絆創膏を探す。自慢じゃないが医務室はよく行くもので何が何処にあるのかだいたいわかる。自分の怪我:サラシをもらう:ナマエの怪我で4:2:4だ。
「…絆創膏がない。」
ちょうど切れているようだ。なんと間の悪い。俺は確か科学班に少しあったはずだ、と思い大人しく座らせたはずのナマエへ声をかけようとしたが…。
「神田ぁ!ここに絆創膏あるよー!」
と元気よくナマエは椅子に乗っかって戸棚上のダンボールに手を伸ばしていた。ナマエ+椅子+立ち=危険以外の何物でもない。「っばか…!」しかもナマエが踏み台にしている椅子は回転椅子。それは普通の人間がやっても危険だ馬鹿!案の定という想定の範囲内というかナマエはぐらぐらと回る回転椅子に声を上げた。
「わぁ〜〜〜」
わぁ〜じゃねぇよ!ぐらり、ナマエの体が揺れる。そのままポイッと投げ出されたようにナマエが椅子から落ちて「ナマエっ!」俺は、精一杯腕を伸ばして、
「ちっ…!」
ゴンッと戸棚に軽く頭をぶつけながらもナマエを抱える事に成功した。痛…、頭が…。軽く脳震盪じゃねぇかと思ったが、
「わぁ、か、神田大丈夫!?大丈夫!?今あたまゴンッて鳴ったよ!」
ナマエは無事だったらしい。俺の腕の中に、いた。(ていうか誰のせいだ、誰の。)俺はナマエを抱えなおして抱き締めた。この馬鹿。阿呆。ドジ。マヌケ。何回こければ気が済むんだ。ナマエに怪我がないのを一通り確認して俺は腕を緩めた。
「お前はもう歩くな。」
「えぇっ!」
えぇ、じゃねぇよ。お前動くだけで危なっかしい。ずっと見てるこっちの身にもなってみろ。またどこかでこけるんじゃねぇかってハラハラして目が離せねぇんだよ。っていうかいつかストレスになる。
「もうこけないもん!」
「今日、お前は俺が居なかったら四回こけてたんだぞ。」
「こ、こけてないもん!」
「そりゃ俺が居たからな。」
もしかしてコイツは俺が居ない時は何処かで何回もこけているのかもしれない。なんだか何も無いところで何回もこけているナマエが簡単に想像できてちょっと心配になって苦笑した。
「ったく、目が離せねぇやつ。」
そう言ってナマエの前髪を人差し指ではらえば擽ったそうに顔を赤らめたナマエがどうしようもなく可愛かった。あぁ、馬鹿以上に阿呆でドジ以上に間抜けなコイツを堪らなく構ってあげたくなるこの気持ちはただの加護欲なのかなんなのか。
(な…!だ、誰がお前なんか見るかよ!)
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