明日言おう





これから言おう、




今言おう、




次言おう、




今度言おう、





アイツに、言おう。








「おはよう、神田君。」


そう微笑むアイツに俺は今の今まで温めていた言葉を吐き出す。


「お、……お、おは……………、」


「……?」


朝っぱらから顔を赤くして何か言い出しそうな俺を彼女は微笑みながら首を傾げる。俺はそんな彼女の微笑みに顔をさらに赤くしてあっちを向いた。



「………………………おう…。」


「うん、おはようっ」



あぁ、今日も失敗だ。




また、「おはよう」、この四文字が言えなかった。





無愛想、冷徹、非情、


そう呼ばれている俺に唯一笑顔で話しかけてくる科学班見習いのコイツ。



別に仲良くしたい、とか良く思われたい、とかそんな気持ちはない。


これっぽちもない。本当だぞ。



ただいつもバカ面で俺に「おはよう」って言ってくるから俺の良心が痛んだだけだ。

ただ、それだけだ。本当だぞ。



あと、朝飯の時間が一緒であいつが「一緒に食べてもいいですか?」っていつも言うから一緒にいるだけだからな。



アイツが朝飯を食べに来る時間に合わせて食堂に来たりしてないんだからな。


勘違いするな、偶然だ。


毎日偶然に会うから仕方なく朝飯を一緒に食べてるだけだ。






「今日は天気がいいからお外で修行ができるね。」


「?」



朝食の蕎麦を口に運ぼうとした時、彼女は言った。



「昨日はすごい雨が降ってたから外で修行ができなかったんだよね?修練場で座禅してる神田君を見たからそうかな、って思ったんだけど。」



あぁ、昨日はひどい雨だったからな。


そう言おうとしたとき、俺の口は違う事を話していた。



「違ェよ。ただ外に出るのが面倒だったからだ。」


「あ、そうなんだ。ごめんね。」





…………またやってしまった。



また思ってないことを言ってしまった。

普通に返せばいいのに。それだけなのに。


俺の口はいつも違う事を口にする。



いや、別にそんな言葉を話さなくたっていいんだけどな。

俺に一生懸命話しかけてくるコイツが可哀想だなって思っただけで、俺が気にする必要なんてこれっぽちも…






「あ、ごめんなさい神田君。私、これから室長のところに行かなきゃいけないんだった。」



先、失礼するね。


そう言って立つ彼女。

っておい、お前まだサンドイッチ一口しか食べてないだろ。



「ふん、早く仕事しろ。」


「うん、ごめんね。」



残ったサンドイッチを紙ナプキンに包み彼女はそれを資料ごと抱え踵を返した。


急いで食堂を出る彼女の背中を俺はずっと見ていた。



また、言えなかった。





また、「頑張れよ」、この五文字が言えなかった。






馴れ合いは嫌いだ。


だからこんな言葉、言わなくてもいい。



そう言わなくてもいいんだ。




でも、アイツが俺に微笑んでくるから、話しかけてくるから、



仕方なく言ってやるかと思ってるだけで、別に言いたいわけじゃない。






そう。



思ってるだけで、



別に言いたいわけじゃない。





だけど、アイツが俺に微笑んでくるから、話しかけてくるから、






仕方ねぇな。










     


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