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世界一の大国であり大帝国、『マナ』

マナは世界の中心であり、世界の頂点に一番近い国であった。その国を統べる王は未だ15の少年王だと言う。しかしその少年王、見誤ることなかれ。少年王は即位と同時に腐敗した土地、貿易、政治、国すべてを蘇らせた。『マナ』は生まれて間もない国。しかし世界の中心にして頂点。この国に宣戦布告をしかける国など、その時点で亡国となる。何故なら、その少年王の下には王を守る王国軍が常控えているのだから。


「し、師団長〜!!」


そのマナ王国軍第八師団、師団長神田ユウ。彼は第八師団でありながら王の手足。美しい黒髪と同色の瞳を光らせ、今日も王の命令である『孤児院の雨漏り修理』を淡々とこなしていた。…ところを部下に呼ばれ、釘を口にくわえたまま屋根の上で振り返った。


「…何だ。」

「な、何だじゃないですよ…!早くお戻りください!!」


部下は屋根の上、両手に金槌と板を持つ我らが師団長の姿を嘆かわしくも今はそれどころじゃないと屋根から降りることを下から叫んだ。


「今日はエスメラルダからお姫様が来る日ですよ!?」

「………………は…?」


ぽろり、口にくわえていた釘が一本二本と落ちるも屋根に転がり落ちる前に何とか掴む。それらを自分と一緒に手伝わせてる部下に押し付け、屋根にかかる梯子など無いもののように神田は知らせに来た部下の元に降りた。


「何言ってんだ。姫が来られるのは明日になったと一週間前王子に…」

「そんな変更聞いてません…!今日ですよ、師団長!!お迎えの軍は既に出立準備を整え終わってます!準備が終わってないのは貴方だけですよ!早くお戻りください!!」


第八師団、師団長神田ユウ。彼は第八師団でありながら王の手足、それと同時に…。


「〜〜〜あんのクソ王子…っ!!」


王の遊び相手でもありました。




エメラルドより愛を込めて





豊饒と優しさの国エスメラルダの姫と、マナ王国軍第八師団師団長神田ユウの縁談話が上がったのは約三ヶ月前の事。何処で出会い、どういう経緯で二人がそうなったかは誰もが知らない話だが、国や政治のために王家のものが顔を合わせた事のない人と結婚するのは珍しいことではない。


「…何か、騒がしいようですけど…。」


遠目から見れば黒、しかし近くで見ると深い緑色した瀟洒な箱馬車から深窓の姫を思わせる声が聞こえた。思わせるも何も、中にいるのは間違いなく他国の姫なのだが、この話が無ければ声も聞くことはなかったであろうそのお方にはそんな表現を使うのが正しいと感じた。その馬車を先導する、先遣隊として出された上官兵はぎくりと肩を揺らすも動揺を与えないためにもゆっくりと馬車の横に馬を引っ付けにこりと笑ってみせた。


「申し訳ありません…。姫様をお守りするよう出された本隊が遅れて出たということで…。」

「…そうですか…。」


先程の伝令から本隊が今しがた出たと聞いて何事かと思う。仮にもこの馬車の中の縁談相手が隊を仕切る事になっているというのに。兵は馬車内のカーテンに隠れる姫をちらりと盗み見るも見えるのは上品なドレスだけで、あの『神田ユウ』の縁談相手はどんな女性なのかはわからずじまいだ。


「なら、少しだけ休憩しても構いませんか?」

「は…、もちろんです。」

「そう、良かった。野の花が綺麗だから。」

「姫、城に着けば花など…」

「違うわ、私はここの花が見たいの。」

「は、はぁ…。」


城に着けば花など、珍しいものや色や形が美しいものがいくらでもある。そう言い掛けると少しだけ強めの口調で窘められてしまった。

隊はいずれ本隊と合流するはずだった地点で馬車を止め、上官は交代で兵達に休憩を取るよう伝えた。馬車近くの警護を怠ってはならない。あの『神田ユウ』の縁談相手としても、一国の姫である。そう上官は言い、馬車の警護を新米兵士達に任せ何処かへとふらり居なくなった。それを良しと取るか悪しと取るか、新米兵士達は初めての任務にがちがちに肩を張らしていた。


「ねぇ、軍人さん。」

「………。」

「ねぇってば。」

「っわぁ!え、えぇっ!?」

「はっ、ひ、ひ…むぐっ」


肩をつんつんと突かれ、今は警護中につき位置を離れまいとその手を押し退けるも再度突かれ振り返ればそこには女性がいた。一体誰だと振り返ってみるも、何処か幼さを残した顔に片方だけにつけたエメラルドのピアスがその人物を物語っていた。思わずその名前を口にしようとしたところをその御方に両手で押さえつけられる。


「しーっ!静かに!できる!?しーっ!」


押さえつけられた手に新米兵士二人はこくこくと頷き、姫はよろしいとばかりに手を離した。しかしそれでも言いたいことは出るものだ。


「な、何をされてます姫様…っ!」

「そうですよ…!の、野の花をご覧になるんじゃ…!」

「ええ、それもあるけど今は貴方達よ。」

「は?」
「は?」

「手を出して。」


はい、と出された拳に兵達は思わずその下に手を出してしまう。手甲の上に小さな白い手が置かれてゆっくりと開く。すると兵達の手の上に可愛らしい包み紙のそれがころんと転がった。端を引っ張れば中身が出てくるだろうリボン形のそれは飴玉だ。


「あ、あの…」

「姫様?」

「初陣で緊張するのもわかるけど、あまり気張りすぎると後々疲れちゃうわよ?」


ぱちん、とウインクされて兵達は戸惑いの表情を見せた。…姫様…?こんな気さくな表情を見せる、女の子が…?


「あー私も疲れちゃった…。あの上官みたいな人、なぁんか取っ付きにくくて…」

「ふふっ、…あ、」


すみません、と慌てて言い直した兵に異国の姫は口先に人差し指をあてて笑った。細められた瞳は姫らしからぬ、悪戯をした後の女の子のようだった。




††††††




「ここからの指揮は俺が取る。各自配置につけ。」


神田率いる本隊が先遣隊と合流できたのは遅れたと見込んでいた時間よりもっと早かった。休みなしにひたすら馬を走らせた神田が到着する前に早馬を出していたので合流地点ではすぐに出発できるよう準備が整った状態で、すぐ目に入った箱馬車に神田の胸は三ヶ月ぶりに(一瞬だけ)高鳴った。


「恐れながら姫。」


それでも配下達にそんな様子を気取らせない神田の姿は立派だった。列を作る隊を見やりながら愛馬の手綱を引き、ゆっくりと深い緑の箱馬車に近付き騎乗の礼を取った。カーテンの影からゆったりとお辞儀をし返す姫の顔はまだ見てはいけない。ゆったりと流れた懐かしい、三ヶ月ぶりに見る懐かしい髪色に手綱を握る手に力が籠もる。


「僭越ながらここからは、マナ王国軍特別護衛隊隊長神田ユウが隊を仕ります。」

「はい。全て、神田様並びにマナ王国軍のよしなに。」


聞こえた声に、あの姫の声だと思いつつも流麗な言葉遣いに戸惑う。…あの姫、なのだろうか。しかしお声は間違いなくあの人のものだった。何かの替え玉かとも思ってしまったが、チカリと光ったエメラルドの装飾に小さく息をのむ。ああ、姫だ。あの方だ。じんわりと広がる温かい何かにぐっと詰まりながらも再度礼をして神田は先頭に立った。

そこから、神田率いる特別護衛隊が王都に到着したのは予定日よりも一日早く、王国城下は異国の姫の話、そしてあの『神田ユウ』の縁談話と、異国の姫を迎えるにしては少数で貧相だった隊の話で持ちきりだった。




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