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流石、姫に連れて来られて入った屋敷だけあってバスルームはとても美しかった。という感想はティモシーからまったく出てこなかった。久々に入る風呂という空間(しかも姫に連れて来られた)にティモシーは落ち着きなくきょろきょろと見回すも特に変わった様子もなく。お姫様が住む屋敷なのだからもっとこう、金の猫足バスタブとかバブルバスとか常にメイドが控えているとか、そんな事を頭の端で少し期待していたティモシーなのだがそれは良い意味でも悪い意味でも外れた。こんな汚れた体でそんな華美な風呂に入るのは気が引けるし、メイドが控えていても恥ずかし過ぎる。多分、一般家庭で使われているバスルームと対して変わらない。もちろん普通よりもバスタブが大きかったり装飾など上品な所も見られたが、多分王族にしては控え目な方だ。控え目過ぎるかもしれない。


「額のそれ、問題なくて良かったわね。」

「あ、…うん。」


シャワーで汚れを落としさっぱりした体にこざっぱりな服を着させられ、よぼよぼで手が震えている老人の医者に額の水晶を診てもらった。思わずこっちが心配したくなる程のじいさん加減だったが、腕は確かだったらしい(過去形)。


「それが出てきて今まで無事だったならこれからも問題ないって言ってたから、もう心配いらないわ。」

「そんなモンなのか?」

「そんなモンよ。あ、こらトマトよけないの。」


医者に診てもらった後、ティモシーとナマエは少し遅めの昼食を庭に面したウッドデッキでとっていた。こちらも久々の食事という食事にティモシーのフォークを動かす手は(嫌いなものを除いて)止まらない。サラダを彩る赤をフォークで端に寄せたティモシーにナマエは目尻を釣り上げたが、すぐに苦笑する。向けられたその柔らかい表情にティモシーは何故か無性に泣きたくなったのだが、サラダを飲み込むことで押し込んだ。(あまり記憶が無いのだが、母を一瞬、思い出した。)


「ねぇティモシー。あなたこれからどうするの?」

「…へ?」

「ご飯食べ終わった後、ティモシーはどうするの?」

「どうするって…、」


食べる手を止めてこちらを見詰めるナマエに、自然とティモシーの手も止まる。柔らかく微笑まれるその表情からは感情が読み取れない。微笑みなんて久しく向けられていないからか内心すごく落ち着かないのだが。


「帰るトコなんてないし、またどっかをふらつく…」

「またモノを盗んで?」

「………、」


微笑まれて言われた言葉なのに、それはティモシーの心を鉛のように重くさせた。ずしん、と心臓が落ちていく気がした。


「仕方、ない…じゃん…」


仕方がない。仕方がないじゃないか。そうしないと生きていけない。雨風を凌ぐ家なんてない。モノを買う金なんてない。自分はモノを盗むしか生きる術を持っていない。今更何を動揺してるんだ、とティモシーは乾いた笑みをナマエに向けた。今の今までそうして生きてきたのだ。それしか、術が、脳が、家が、


「ウチに住む?ティモシー。」

「…はぁ?」


ミルクのおかわりいる?なんて続けて言われて、返事もしてないのにナマエはミルクをグラスについだ。


「衣食住は私が保障してあげるわ。ここに住みなさいな。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ!アンタ何言ってんだよ?」

「だから、ティモシーさえ良かったらここで暮さない?」

「……俺、リンゴ盗もうとしたんだけど。」

「牢屋が良かった?」

「んなワケないだろ!」

「そう良かった。」


ウチに牢屋なんて場所取るものないのよ。と笑うナマエに目の前にいるこの人がお姫様なのか疑わしくなってきた。盗人を縛るわけでもなく(保護、介抱をして)盗人に風呂入らせて食事食わせて最後にここに住め?何ぶっ飛んだことを言ってるのだこの人は。


「ただ、ここに住むには一つ条件があるんだなぁ〜」


まだ住むなんて一言も言っていないのだが、多分今この人の中で自分はここに住むことで確定している。ちょっと待てよと言う暇もなく、言う流れも与えてくれず喋り出す姫に、自分はもうここに住むことになるのだろうかと姫の話を、一応、仕方なく、聞くことにした。


「…なんだよ…。」

「タダ住めるなんて思っちゃいけないわ。」

「何だよ…奴隷でもしろってか?」

「ある酪農一家のお母さんがね、身籠ってるの。あ、そこにティモシーと同い年くらいの男の子がいるから後で仲良くなるといいわ。歳の割にはしっかりしてる子だから何か困ったことがあったら頼りにすればいいわ。」

「…?」

「そこの牧場、前から人手が欲しいって言っててねぇ。それなのに子作り励んじゃうし。ま、それはいいことよね、うん。新たな命の誕生はいいことよ。家族増えるってのはカラルもお兄ちゃんになることだし、兄弟欲しいって言ってたし。」


ぺらぺらと楽しそうに、よくまぁ、喋る姫である。結局自分に何をさせたいのか何自慢したいのか良くわからないが、奴隷仕事をさせられる訳ではないようだ(そんなもの、この姫を見ればされるわけなどないとわかるのが)。


「…で、俺は何させられるワケ?」

「そこのお手伝いよ。言ったでしょ、人手が足りないのに妊婦さんがいるの。」

「お手伝…い…?」

「そう『お手伝い』。」

「一日、労働とかじゃない、の?」


ティモシーの言葉に当たり前じゃない、とナマエは至極不思議そうに言った。


「だってティモシー、学校あるでしょ?」

「ハ…、が、学校なんて、俺は流れ者…」

「入学。入学するのよ、ティモシー。ウチの近くの学校に。」

「な、何…」


言っているのだろうかこの姫は。犯罪した自分を住ませるだけでなく学校に行かせる、だぁ?孤児を養子にするんじゃないのだから。こんな、孤児が羨むような待遇、自分が受けれるわけないだろう。そんな、『普通の子供』がするような。


「勉強は好き?ティモシー。」



はい、と口元に持ってこられた赤を、


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