15


抜刀した愛刀をそのままに神田は立ち尽くしていた。そこにナマエとティモシー(と名乗った子供)はとっくに居なくて、かといって追い掛ける事はしていなくて。姫にあんな無礼を働いた奴と姫を二人っきりにさせるなんて騎士としてあるまじき行動なのに、わかっているのに、頭があまり動いてはくれず。あの時や今、自分はどうすれば良かったのか、何をすれば正解だったのか、正しかったのか。考えても考えても、いつも王子に馬鹿だと貶される頭からはまったく答えが出てこなく、ただただ茫然としているとそんな神田を覚ますように肩に手が置かれた。振り返るとティモシーが袖に入れた林檎の店主がそこにいた。


「うちの店のモノ、守ってくれてありがとな。神田様。」

「…あ……あぁ…。」


落ちた林檎を片手に持った店主に、あぁ、そう言えば自分は林檎を盗んだものを捕えた(正確には捕えかけたのだが、姫がそれを連れていった場合どうなるのだろう)。はっきりしない神田の返事と顔に果物屋の店主は苦笑し、なぜか自分の回りを街人が囲んで皆果物屋の店主同様、苦笑していた。


「アンタがした事は正しい。騎士として一番正しい事をしたよ。」


一度地に落ちた林檎を袖口で綺麗に拭いて店主は林檎を戻した。慰めとは違った、自分の行動を褒められたような褒められてないような言い方に神田は眉を寄せる。


「ただ、相手がナマエ様だったのが悪かったな。」


まるで仕方がないとばかりに店主が肩を竦めると同時にニヤッと笑われて、ばしんっと背中を叩かれた。意外と強かったそれに一、二歩よろけてしまった。


「っ!?」

「まぁまぁそういう事もあるって!」


そういきなり豪快に笑いながら店主は神田の背中をばしばしと続けて叩く。これが結構、痛い。


「そうそう姫様じゃ仕方ねぇ!諦めな!」

「あの人は女子供には特別優しいから!」

「おかげで俺らは肩身狭いけどな!」


がはは、と笑い出した店主に続けて笑いが起きる。店主を中心にした男衆が笑っていると店奥から恰幅のいい夫人が現れ、店主の頭を平手で叩いた。


「なぁに言ってんだい!林檎一つも守れない男が!神田様がいなかったらアンタ気が付かないままだったろう!」

「っで!っ結局戻ってきたからいいだろっ!」

「そういう問題じゃないだろ!ほら、ここはいいから後ろの荷物なんとかしておくれ。」

「ったくよぉ〜…」


店主と夫人のやりとりにまた笑いが起きる。先程ここで盗みが起きたとは思えない程の和やかな光景に、剥き出しの剣を持っている自分がひどく場違いのような気がした。そう、場違い、場違いだったのだろうか、自分が少年に剣を向けたのは。見下した愛刀はぎらぎらと輝き、刀身に情けない顔の神田を映した。今自分が何をすればいいのかわからない顔だ。
自分のした事は正しいと、店主は言ってくれた。しかし姫は自分がした事に悲しそうにしていた。あんなに明るく笑う姫の瞳をあんなに寂しそうな色にしてしまった。悔しいと言うにはそれはあまりにも一方的で乱暴な感情で。違う、そうじゃなくて。姫にあんな瞳をさせてしまった事が。


「ナマエ様はさ、」


店主が店に引っ込んだ事で集まっていた人達は各々散らばり、元の城下街の風景に戻った。そこにぽつんと行き遅れた神田が立ち尽くし、そんな神田に果物屋の夫人が独り言のように言った。


「優しすぎる子なんだよ。その優しさでこっちが苦しくなりそうなくらい、なんでも許してしまう子。」


夫人はごろごろ並んだ果物を一つ一つ手に取り綺麗に並べ直していく。店の果物は視界に入ったら齧り付きたくなる程瑞々しく大振りなものばかりだったが、今の神田にはそんな気さえも起きなかった。


「正義感も人一倍強かったりするからさ、危ないことでもすぐに首を突っ込む。」


神田は初めてナマエと出会った時を思い出した。木箱にぐったりと凭れ掛り、額から血を流していた。少女とナマエのやりとりを見れば、ナマエが少女を庇ったのは見て取れた。


「アタシはそんなお姫様が嫌いだったよ。何もできないお姫様のくせに何かしようとしてきて、しつこいくらいに優しくて。でもどうしてだろうかね、いつの間にか、そんなナマエ様が大好きになってたんだよ。アタシは。」


夫人が向けるその優しそうな、懐かしさを愛おしむような瞳は、果物に向けられているのか、それとも姫に向けているのか。


「ここにいる皆もそうさ。最初はナマエ様のことが嫌いだったり、苦手意識を持っていた。でも、」


それは多分、どちらも正解のような気がした。ナマエはここの姫であり、この国の全て。
違う、この国がナマエそのものなのだ。ナマエが心からこの国と民を愛し、民も心から国と姫を愛することで、この国は生きている。この国のものひとつひとつが姫に繋がり、国に繋がる。この国に存在する万物を見ることは、姫を見ることと同じなのだ。きっとこの国は。


「多分、毒気を抜かれたんだろうね。姫様に。」


ほら、あの人びっくりするぐらい明るいじゃない。と笑った夫人に、神田は釣られて自分も笑った気がした。笑ってなかったかもしれない。だけど、ほんの少しだけ口端が軽く持ち上がったような気がした。ナマエによって毒気が抜かれたという夫人の笑顔があまりにも清々しいものだから。


「神田様。悪いんだけど、姫様と仲直りしてやってくれないかな。」


コレ、あげるからさ。と先程の林檎を握らされて、まるで買い物を頼むように言われた言葉に神田は苦笑した。


(自分に、まだこんな感情が残っていたなんて。)



林檎一個分の


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