02




「逃げたやつも残さず捕まえろ。取り逃がした奴は減給する。」


神田の声に第八師団の兵達は散りに散った。すでに捕まえられ、神田の愛刀の餌食になったものは意識もなく、場を取り締まっていたやつに関しては口から泡を吹いている。見渡す限りどれもどこかで見たことのある豪族達で神田は溜息が自然と漏れた。


肥えた体に肥えた脳みそ。
豪族はこれだから嫌いだ。


神田は愛刀、六幻を腰にさし、ぐるりと辺りを見回した。どこから集めてきたか知らない、品物だった人達は神田を見ると怯えた表情をした後、頭を下げた。こいつらはどうなるのだろう。王子のことだからきっと何か対策はあるのだろう。


「あ、の…」


小さな少女がこちらを見上げ立っていた。


「なんだ。」


少女は神田の声にびくりと肩を震わし、今にも零れそうな瞳で言った。


「ケガ、してる人がいるの。たすけて…。」


少女はそう言い、神田に背を向けて走ったが少しの間隔をあけるとこちらを振り返った。ついて来い、ということなのか。神田は少女の後を追うと、そこには箱にぐったりと倒れている自分と同い年ぐらいであろう女がいた。

顔は苦しそうに歪み、額には流れていた血が固まっていた。少女は心配そうに女のそばに寄った。神田も女のそばまで行き片膝を立てた。


「おい。」


そう声をかけると女…、ナマエは小さく声をあげてうっすらと目を開けた。艶のある前髪がはらりと頬に落ち、髪と同色の瞳が神田をとらえた。


「………、……あの、子は…」


ナマエの第一声はそれだった。ナマエの声に少女がナマエの前でかがむ。ナマエは少女を見るとゆっくりと微笑み少女の頭を撫でた。


「よかった…。」

「おい、」


神田の声にナマエは神田を視界に入れた。


「あなたは…?」

「国軍だ。」


不安そうな目を向けるナマエに国軍と名乗るとナマエは安心したように息を吐いた。それにしても目の前の女は痛々しかった。額の傷や手首をねじ伏せられたのか細い手首に赤い絞め後。幼い少女がひどく心配している様子からして体を張って少女を助けたのか。


「動けるか?」

「えぇ…。」


口ではそう答えたもの、ナマエはだるそうに体を動かし、すぐに箱へと逆戻りした。見る限り額を強く打ち付けられている。動けば激しい頭痛と目眩がするだろう。神田は彼女を動かすのは無理だと思い、とりあえず怪我の処置を考えた。神田は兵に濡れた綺麗な布を持ってこさせ、ナマエの額を拭おうとしたが


「っ!!」


神田の手がナマエへと近付くと女は肩を大きく揺らし体を小さくした。がたん、と寄りかかっていた箱から体を落とし神田に恐怖の目を向けた。


「………………。」


少し驚いたような神田の表情にナマエはすぐにひどく焦った顔で笑った。


「…ぁ…、ご、ごめんなさい。その、わたし…」


細くて小さな肩を細かく震わせ無理矢理笑うその姿は誰から見てもつらかった。


「悪い。もう少し我慢してくれ。」

「…へ?…っきゃ!」


そう神田が言った後、ナマエの視界が高くなって、訪れた不安定な浮遊感にナマエはしがみついた。とっさにしがみついたものは神田の鎧、というか広い肩で、自分が抱き上げられているとわかると顔が急速に赤くなった。まるで幼子をだっこするような形で神田は立ち上がり近くにいた兵に命令を下した。


「オークションに参加した豚共は歩かせて城まで連行。他は馬車に乗せ丁重に城まで運べ。あとは第五師団が引き継いでくれる。」


神田の声に兵は「は。」と短く答え残った兵達に一字一句変えることなく伝達した。それを見届けると神田はどこからか現れた白い馬にナマエを乗せた。


「う、うま…。」


艶々した白毛に賢そうな瞳。ナマエは思わずその馬を撫でた。その自然な仕草、馬に乗ってもあまり緊張していないナマエに神田はナマエを見上げた。


「馬になれてるな。飼ってるのか?」

「え、えぇ。」


だって私の国は牧場大国。と言おうとした口を慌てて閉じた。それは言ってはいけない!だって自分は弱小でも一国の姫。世界法に触れたこんな騒動に巻き込まれたなんて互いの国にバレたら…


(国際問題になるわっ!!)


そして国際問題の相手がマナ国なんて、いくらあちらに非があったとしても三倍返しをくらってしまう。間違いない。


(うちの国には土地と家畜と農産物しかない弱小国なのよ!)


「…どうした?」

「い、いえ!別に!乗馬を習ってただけ!」


ここであの牧場国の姫と名乗ってみろ。三倍返しとあの牧場国の姫は家出娘のレッテルを貼られてしまう。と少々行き過ぎな考えかもしれないが今のナマエの頭はそれしか考えられなかった。


「相乗りも平気か?」

「平気よ。」


そうか、神田はそう短く言うとヒラリとナマエの後ろに乗り手綱を握った。相乗りをして神田の体がナマエに近くなったがナマエは先程のように驚きはしなかった。神田はそのことに小さく安堵の息を吐いて馬の腹を蹴った。



††††††



行き先も告げられず馬を走らされたが着いた先は病院だった。そこで手当てを受け頭に包帯を巻かれたナマエに神田が言った。


「早くに助けられなくて悪かったな。」

「いいえ、私はただ通りかかっただけよ。」

「…?」

「道に迷ったところであれを見つけて、気が付いたら競りにかけられてる女の子を抱き締めてただけ。」


そう苦笑した女に神田はつられて苦笑した。なんて女だ、と。


「貴族の女なんて着飾ってるだけだと思ってたがな。」


そう綺麗な顔で笑う神田にナマエは首を傾げた。


「違ったか?乗馬を習ってたんだろう?」


乗馬を習っていたというナマエの言葉に神田はナマエを貴族の娘だととらえたらしい。確かに女性が乗馬を習うなんて貴族のすることだったがナマエの場合はわけが違う。物心ついた時から馬や牛やらと一緒に過ごしてきたのだ。乗馬なんて自然に身につく。


「それに、」


神田は続けてナマエの耳元を指差した。


「そのピアスは本物のエメラルドだろ?」


と言われてナマエは慌てて耳元を抑えた。このピアスをつけるのは習慣のようで家を出る時にもしっかりつけているのを忘れていた。小汚い外套を着てはいるが耳元の装飾品は立派なものだった。


「屋敷まで護衛する。名前を聞いてもいいか?」

「え、な、名前?…ナマエ…、…ミョウジ。」

「ミョウジ?」


聞いたことないな。と神田は呟いた。当たり前だ。ナマエはマナ国の貴族でなければ国民でもない。


(…とある弱小国王族の名字、よ。)


ナマエはそう心の中で拗ね、唇を尖らせた。


「私、半分家出してきたのよ。」

「家出?」

「そう、家出。」


すたすたと神田の横を歩きナマエは病院を出る。神田も後に続く。外に出ると木陰で神田の馬が木に繋がれていて、ナマエはその馬に手をすべらした。


「結婚よ、ケッコン。いきなり知らない人と縁談。相手はエラいとこの人だから両親が縋りついてきたの。」


首筋を撫で、頭、鼻と馬を撫でるナマエの手つきはやはり慣れたものだった。馬もリラックスしているように見える。


「だから、そのケッコン相手の下見もかねて家出してきた。」

「…そうか。」


神田も彼女に倣い、馬に手を伸ばしたが馬はまるで邪魔するなとでも言うかのように鼻息を荒くした。そんな馬と神田にナマエは笑った。


「あははっ、自分の馬なのに。」

「うるせ。」


神田は少し恥ずかしそうにして馬を睨んだ。そんな神田にナマエはまた笑い、一通り笑うと馬の腹に顔を埋めた。


「…はぁ、笑った…。」

「そりゃヨカッタナ。」

「ふふ、ごめんなさい。」

「…で、お前はこれからどうすんだ。」

「うん。やっぱり思い切って家出してきたんだもの。出端挫かれちゃったけど、相手を見るまで帰らないわ。縁談相手がどんな顔して何をしているか、しっかり見てやらなきゃ。」


ね、と馬に同意を求めるようにナマエは言って、彼女によく似合っているピアスがキラキラと綺麗に光った。


「兵士さんお名前は?せっかく助けていただいたんだもの。名前くらい聞かせてくれる?」

「大した名じゃねーよ。」

「あら、私だけに言わせといて。」

「いや、別に。」


そんなつもりじゃ、と言った神田にナマエはくすりと笑って耳からピアスをとった。


「あげる。」

「…は?」


差し出されたのはエメラルドのピアス。神田は意味が分からないとナマエを見た。


「さっきの病院代。」

「いら…」


いらない、と神田は言いたかったがその言葉はナマエに「わからない?」とかぶされた。


「口止め料よ。どっかの娘が居なくなったって聞いても私の事は絶対言わないでよね。」


無理矢理握らされたピアスを押しつけられ神田は苦笑した。


「そういうことかよ。」

「そういうことよ。相手を見るまでは絶対に帰らないわ。」

「ぶっ飛んだ女だな。」

「ちょっと、元気な子って言ってくれる?」


そうくすくす笑った彼女と一緒に、無理矢理もらったエメラルドのピアスがキラキラ笑った気がした。




口止め料にもらったそれは、



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