恋人


ご主人様のお家によくいらしてくれる綺麗な人間の女性がいます。


「お邪魔します、ナマエ。」


いらっしゃいませ、こんにちわ、リナリーさん。
出ない声でそう言うとリナリーさんはにっこり微笑んで私の頭を撫でてくれる。上げられた手に一瞬だけビクッと体が跳ねるとリナリーさんは少しだけ悲しそうな顔をしたけど、優しく頭を撫でてくれた。
リナリーさん。リナリー・リーさん。日に当たるとダークエメラルドに光るさらさらの黒髪をボブでふっくらとさせて、くりくりとした大きな瞳に、すらっとしたスタイルの女性。最初お会いした時、すごく綺麗な人間だ…と感動したけど、すぐにあれって思った。私、この人見たことがある。どこかで、あれ、あれ、リナリー、リナリー・リー…。あ…っ!リナリー!モデルのリナリーだ!!とわかった時はその顔の小ささにびっくりした。ご主人様、モデルのリナリー、さん、と知り合いなんだ。と感動したのは前の事で、今はよくいらしてくれるリナリーさんとご主人様の関係はなんとなく察することができた。


「また来たのかよ。」

「お邪魔してるわ、神田。」


インターホンを鳴らさず、普通に入ってきたリナリーさんにご主人様は特に気にした様子もなくリビングにリナリーさんを通した。その様子に、うん、やっぱりそうなんだと確信する。
二人は、恋人だ!
うわああそうだ、そうに違いない。だって二人ともとっても絵になるし、家に入ってもご主人様何も言わないし、何より、仲が良さそう。私はなるべくお二人の邪魔にならないよう、お茶の準備をしようとキッチンに入ろうとした。けど、リナリーさんに引き止められた。


「だーめ。ナマエはここ。私の隣に座って。」


ソファに座るリナリーさんが私の手を取った。へ?え?へ?とご主人様を見ればリナリーさんがにっこり笑う。


「お茶なんて神田にやらせればいいのよ。ナマエは私とお話しましょう?」


リナリーさんは私が喋れないの知ってて、よくそう言う。私、話せないのに。あ、でも、リナリーさんはいつも私が答えを返しやすいように聞いてくれるから、すごくいい人。ええっと、あの、でも私、お茶…。振りほどけない手にどうしよう、と耳を下げるとご主人様が私の頭に手を置く。


「ソファに、座ってろ。」

「ほら。ね、ナマエ。」


ソファ、を強調して、あ、ああ、ご主人様がキッチンに…。もう一度リナリーさんに手を引かれて、私は座った。ソ、ソファに。
ちりん、と鈴が鳴った。


「あら、可愛いリボンと鈴。すごく似合ってるよ。神田が?」


リナリーさんは首に結んだ赤いリボンに触れて、言う。私はそれに頷くとリナリーさんは「そう、」と嬉しそうに笑った。そして首後ろで結んだ結び目をほどいて、私の首筋を綺麗な指で撫でる。そしてその一本入った傷を隠すように、リボンの結び目を真正面ちょっと右に結んだ。「こっちの方がリボンの形が見えて可愛いわ」とリナリーさんが言った。


「傷、だいぶ目立たなくなったね。」

「痕は残るだろうがな。」

「…そうね。」


ご主人様はマグカップを三つ持って机に並べる。コーヒーとコーヒーと、牛乳。


「牛乳?」

「こいつ猫舌だから」

「あぁ。ナマエは猫さんだもんね。」


くいくい、リナリーさんは私の耳を触る。(ふにゅっ)く、擽ったい…!つい身を捩るとご主人様がこちらを睨んだ。(ぴっ…)


「なぁにヤキモチ?」

「んなわけねぇだろ。」


くすくすと笑うリナリーさんとコーヒーを一口啜ったご主人様に私は首を傾げたけど、睨んだご主人様に、私はすぐに理解した。
わ、わたし邪魔だ!
ご主人様はリナリーさんと二人っきりになりたいんだ!よく気付いた私!と私は端に座ってたソファから立ち上がり部屋を出ようとすると、ご主人様がコーヒーを机に置いて私の腕を取った。


「どこへいく。」


ど、どこ…って、えっと。どこでしょう…。あ、あのご主人様とリナリーさんの邪魔にならないところです。って言いたくても喋れないから言えない。身振りでも伝えきれなくて尻尾と耳がだんだん下がる。


「神田、ナマエを困らせないの。」

「あ?」


それを見かねてか、リナリーさんがご主人様と私の間に入る。そしてリナリーさんは私の手をきゅ、と握って、悲しそうに笑った。


「ねぇ、ナマエ。私、ナマエが好きよ。だから今日はナマエに会いに来たの。お願い、ここにいてくれないかしら。」


リナリー、さん?
リナリーさんは、私が、好き?私、獣人なのに?私は、リナリーさん好き。ご主人様に拾われた始め、ボサボサだった髪を綺麗に整えてくれたのはリナリーさんだし、お下がりの洋服くれるのもリナリーさんだし、優しく笑って話しかけてくれるし。だけど、リナリーさんが私を好きというのが、よくわからない。どうして、獣人の私を人間のリナリーさんが好きになるの?
よく、わからない。そう首を傾げて鈴を鳴らすとリナリーさんは困ったように笑って、「ごめんね、私もナマエを困らせちゃったかな。」と言った。私はそれに首を振った。リナリーさんは、笑った。あ、良かった。笑って、くれた。悲しいとか、困ったような笑顔じゃなくて。


「ナマエ、私また新しい服持ってきたの。着てみてくれる?あ、神田も見てね。」

「なんで俺が…。」

「神田の好みもあるかなーって。」

「余計なお世話だ。」

「何よ、リボンと鈴なんか付けちゃって。独占欲の現れね。」

「違う、これは」


次々と飛び交う言葉に、私はただ首を傾げるばかりだった。(人間の気持ちは、よく、わからない。)




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