鬼と果実

「髭切、髭切」
夕日が差し込む審神者の執務室兼私室で、髭切は壁に背を預けては寝ていた。
片膝を立て、自身の刀剣を抱えながらすうすうと寝息をたてる髭切を審神者は起こそうとするのだが、まったく起きる気配のない髭切に小さく息をついた。
(……放置しすぎた)
すっかり寝入っている髭切は、審神者が報告書作成に掛かり切りでいたため、待ちくたびれて寝てしまったようだ。
髭切には、毎日山のように来る本部からの通達書類の仕分けをお願いしていたのだが、普段のマイペースぶりは置いといて、元々要領がいい髭切はそれをさっさと終わらせてしまったようだ。散らかっていたはずの書類が、全本丸宛、各本丸宛、もしくは審神者宛、刀剣男士宛と綺麗に仕分けされ、キャビネットに収まっている。
(後で内容を確認しないと。でもその前に、この子を起こさないとなんだけど……)
髭切の横には、二人で休憩しようと持ってきてくれたのか、冷えた二つの湯呑と乾燥してかぴかぴになった饅頭が盆の上に置いてあり、流石に悪い事をしてしまった、と審神者は髭切の寝顔に申し訳なく思った。
そして静かな寝息をたてる髭切に、これは起こすのに苦労しそうだと肩を落とす。
髭切は眠りが深いのか、一度昼寝をしだすと揺すってもなかなか起きてくれない。
普段は気配などに敏感で、戦場ではその鋭さが大きな武器となるのだが、本丸内ではどうやらそのスイッチは完全にきれてしまうようだ。審神者が近付いてもこの通りすよすよと寝ており、何度か弟の膝丸に回収を頼んだことがある。
(膝丸が起こすとすぐに起きるんだけど、私が起こそうとしてもなかなか起きてくれないんだよね……。何かコツがあるのかな)
今度膝丸に聞いてみよう、と考えつつ、審神者は髭切の肩を揺らして再度起きるように声を掛けるのだが、そう簡単には起きてくれない。
こんな体勢でよく熟睡できるな、と審神者は一度体を起こした。
見下ろした髭切は、まるで一枚の絵のようだった。
黄みがかった薄い灰色の髪は綿菓子のように柔らかそうで、その象牙色の髪に包まれた顔は白く小さい。そこに乗る唇は薄すぎず、厚すぎず、ふっくらとしており、少しの隙間をあけ、そこから寝息が零れている。静かに閉じられている目蓋には、長く濃い睫毛が頬に影を作るほど隙間なく伸びていた。
思わず溜息をついてしまいそうになるくらいの恐ろしく綺麗な寝顔を、ただ寝ているだけなのに、と審神者は苦笑した。
美しい寝顔を眺めつつ、ふと、審神者はその顔の横にある髭切の刀に目を向けた。
この体勢で寝るには腰に下げている刀が邪魔だったのだろうか、珍しく肩に立てかけられている刀を審神者はじっと見詰めた。
寝ている髭切に負けず劣らず、こちらの髭切も実に美しい姿をしていた。
(深紅と金の拵え……綺麗……)
べっ甲のような艶やかな光りを放つ鞘に、金の輝きが眩しい鍔と鞘尻。栗梅色の深く上品な色は、源氏の重宝としての品を感じさせる造りで、審神者は無意識に息をついていた。
(なんて美しいの……)
思えば、刀剣男士の刀をじっくり眺めたことがなかった。不躾にじろじろ見ては失礼かと思っていたし、見せて欲しいと改めて言う機会もなかった。
触れたら流石に起きるだろうか、いやそれもいいだろう、と審神者はそっと髭切の刀へと触れた。
おそるおそる、指先が触れるか触れないかの軽さで髭切の刀に指を滑らせる。
しかし、固く、冷たい感触にすぐに指を離した。
無断で触れている後ろめたさもあったが、それよりも何か触れてはいけないものに触れてしまった気持ちになってしまい、触れた指先を、触れていない方の手でぎゅっと握り込んだ。
美しい髭切の刀。美しい男神が宿る源氏の刀。以前はどうであれ、現在はこの刀の審神者として、この髭切は自分の刀と言ってもいい。しかし、こんなにも美しい刀が本当に自分のものなのかと、審神者の心臓は困惑と少しの興奮で高鳴っていた。
「もっと触ってもいいんだよ」
「……っ!」
胸に手を押し付けながらも髭切の刀に魅入っていると、寝ていたはずの髭切から急に話し掛けられた。
審神者はびくりと驚き一歩後ろへと下がったが、そんな審神者の行動を予想していたかのように髭切は審神者の手を取り、再度その手を自分の刀へと押し付けた。
ぱっちりと開いているくちなしの目が、穏やかに審神者を見詰めていた。
「さあ、触って」
「髭切、起きて……っ、いつから!」
「うーん、いつからだろうねえ。ほらほら、ちゃんと触って」
髭切は、押し付けたままの審神者の指を一本一本取り、自分の刀をきちんと握らせた。いつから起きていたのだ、と多少の疑問はあるものの、審神者は髭切に導かれ、恐々とその刀を握るように触れた。
「どうだい? きみの刀だよ」
「…………」
触れるのと握るのとでは、全く感触が違う。
確かな質量と固さ、太さを感じて、審神者は息をのむ。
「……固くて、重そう……。あと、すごく強そう……」
「ふふ、それは良かった。強くないときみを守れないからね」
「そ、それから……」
「……それから?」
「……とても、美しいわ」
この刀を形容する言葉はこれで合っているだろうか、と遠慮がちに、しかし心の底から口にした審神者を、髭切は目を丸くさせた後、幸せそうに見詰めた。
(今日も寝たふりをしていて良かった)
 主が自分を起こそうとするだけではなく、自分の刀に興味を持ってくれるなんて。
 髭切は何度目かわからない寝たふりの美味しさを、今日もゆっくりと噛み締める。
おわかりだろうが、髭切は最初から寝てはおらず、目蓋を閉じて寝たふりをしていただけであった。何故そんなことをするのかというと、理由は寝ているふりをすると、審神者が髭切の名を呼んで起こそうとするからだ。
桜色の唇に自分の名前を何度も呼ばれるのは実に心地がいい。おまけになかなか起きようとしない自分に困っている声を聞くと、審神者を困らせているという楽しさと、今審神者は起きない自分で頭がいっぱいだという独占を感じられて嬉しくて仕方がないのだ。
刀剣を束ねる立場として、審神者の心を自分一振りに縛り付けておくというのは難しい。
審神者を困らせるのは好きだが、本当の意味で困らせるのは好きではない。しかし、せめて二人だけのこの時間だけは、審神者の心は自分であって欲しいと髭切は思っていた。
願うのなら、審神者という立場など捨てさせ、自分のことだけを考え、自分のことしか話さない、話せない空間に彼女を閉じ込めてしまい、自ら与える食事と衣服と寝床、それから自分の言葉と空気だけを与えひたすら可愛がってやりたいくらいだ。
「……おいで、もっと近くで僕を見ておくれ」
そんな事を髭切に考えさせる審神者から、率直に「美しい」と口にされたら嬉しいとしか思えない。
髭切は審神者の手を取り、胡坐をかいた中に審神者を座らせた。
髭切に背を向けるようにして胡坐の中に腰を下ろした審神者は恥ずかしそうにしていて、髭切はそれを満足気に見下ろしては、自身の刀を審神者の前へと持ち直した。
まるで腕の中に審神者を閉じ込めているようで気分がいい。
(このまま隠してしまおうか)
しかし審神者は、目の前に差し出された髭切の刀に意識を奪われているようで、髭切がそんな物騒な考えを持っていることに気付きはしなかった。
反りの部分に指を滑らせ、その感触をじっくりと味わう審神者に、髭切はそっと刀を縦へと立たせた。
「さあ、じっくりご覧」
きん、と小さな音が鳴り、銀色の刀身を見上げた審神者の目が映る。
柄を少しだけ持ち上げ、鞘から刀身を拳一つ分抜き出した髭切は、審神者の反応を確認するように顔を覗き込んだ。審神者は銀色の光を放つ刀身に釘付けとなり、目を仔猫のように真ん丸とさせていた。
「僕そのものはどうだい、主?」
「…………あ……」
「主……?」
意味もなく声を漏らした審神者に髭切は首を傾げた。
すると、審神者は突然刀身から目を反らした。
「髭切、ごめんなさい。納めてもらっていい?」
「……?」
目を背けた審神者の反応を気にしつつも、彼女の言う通り、少しだけ覗かせた刀身を鞘に納め、髭切は刀を横に持ち直しては審神者の膝へとそっと下した。
「……嫌だった?」
「う、ううん、違うの! そうじゃなくて、その」
刀など、女人には興味がないものだっただろうか、それとも斬る道具など見たくはなかっただろうか。そう髭切が残念そう聞けば、審神者は慌てて首を振った。
審神者は白い指先を胸に押し当て、何度か深呼吸を繰り返しては、髭切をそっと見上げた。
「なんだか、どきどきしちゃった……」
「………………」
「すごく綺麗で、これが髭切なんだって思うと、どきどきが止まらなくて、ずっとは見ていられない、かも」
そう言って恥ずかしそうに破顔した審神者を髭切はじっと見下ろした。そして唐突に、何の前触れもなく審神者の胸へと手を置いた。
「ひ、髭切っ?」
「……本当だ。主の心臓、どきどきしてる……」
心臓の音を確かめるように胸元を撫でた髭切の手を、審神者の心臓の音が微かに押し上げる。
突然胸に手をあててきたから何かと思ったが、審神者の言ったことを確認したかったようだ。髭切が少しだけ驚いたような声を出したのを、審神者は微笑み、胸に触れる手に自分の手を重ねた。
「……へへ、どきどきしちゃった」
まるで、二人だけの秘密を共有したかのような笑みを向けられ、髭切はそれにつられたように目を細めた。
「そう……、どきどきしちゃったんだ」
「うん」
髭切は、小さく笑う審神者の柔らかな頬に口付け、後ろから抱き締める。
(ああ、可愛い。いとおしい。すき。かわいい。触りたい。側にいたい。閉じ込めたい。僕だけのものにしたい。かわいい、かわいい)
色んな感情が髭切の胸に溢れ、その感情を少しも漏らさないようにと審神者を抱き締めた。審神者の頬からこめかみ、額、髪、と唇を押し当て、触れている指を絡めては握り込む。
「ねえ、もっと触っていいよ。きみは僕の特別だから、もっといっぱい触ってくれてもいいんだよ」
「もう大丈夫。いっぱい触らせてくれてありがとう」
「む、遠慮しなくていいのに」
審神者は髭切の刀を間近で見ては一通り触れられて満足したらしい。しかし髭切の方はというと、審神者に触れられ、もっと触れて欲しい、もっと撫でて欲しい、という欲が出てきたようだ。
まるで毛並みのいい大型動物のように審神者の肩口に額を埋め、触れと言わんばかりにぐりぐりと頭を押し付けてくる髭切を、審神者は苦笑しながら撫でた。
象牙色の髪はふわふわと柔らかく、髪が指に触れるだけでも気持ちがいい。
髭切も審神者の指先を気持ちよさそうに受けながら、審神者の手を取り、また自分の刀へと触れさせた。
「ねえ、こっちも撫でてくれるかい」
「こっちを撫でても髭切は気持ちがいいの?」
「まさか。でも見ている分は気持ちがいいかなって」
「そう……?」
ずい、と差し出される刀に審神者は言われるがまま、指先で刀を撫でた。栗色がかった深紅の鞘を撫で、滑らかな反りと透明感のある色合いを楽しむ。
確かに、こちらに触れられても髭切自体は何の気持ち良さもないが、それでも審神者が自分の刀を撫でている光景は見ていて気持ちがいいものだった。
本音をいえば、鞘を抜いた刀身にも触れて欲しいのだが、審神者の柔らかい肌は刀身に触れただけでも切れてしまいそうだ。審神者を傷付けることは髭切の本望ではないので、こればかりは仕方がない。
(主への気持ちが恋だの愛だのなんて知らない内は、主のことを斬りたくて仕方なかったけどね。この柔い肌は斬ったら気持ちがよさそうとか、血を吸ってみたいとか、この刀で主を喰ってやりたいとか、ずっと考えていた)
しかし髭切の思っていることを実行してしまえば、主と他愛もない話をすることや、縁側で茶菓子を食べること、日向ぼっこをしながら撫でられることが二度とできなくなってしまう。
そもそも自分が抱く審神者に対してのこの凶悪な感情は一体何なのか。顕現したばかりの髭切はよく頭を悩ませていた。これでは一日中審神者のことが気になって仕方がない、と弟の膝丸に相談すると、髭切よりも顕現が早かった弟に「それは恋、……ではないだろうか」と言われた。
「……髭切、楽しい?」
「うん、とっても。もっと撫でて」
「う、うん……?」
髭切は審神者の肩に顎を乗せながら、撫でられている刀の自分を見ていた。
膝丸にそれは恋だと言われ、髭切は首を傾げた。
こんな危ない感情が、恋だというのか。
膝丸は、自分も抱いたことがないから詳しくはわからないが、と前置きし、「兄者は主を斬りたいのはなく、触れてみたいのではないだろうか」とも言われた。
その柔らかな肌を斬ってみたいというのは、その存在への興味関心で、今まで自分達は斬ることでしか、その存在を知ることができなかった。だから斬ってみないと、そのものを知り、理解することができなかった。
しかし体を得た今ではどうだろうか?
髭切は膝丸の言葉を自分なりに考えた。そして自分へと微笑む審神者の頬へ触れてみることにした。花弁のように淡い色をさせた丸みのある頬は、髭切の指先がそっと触れることを許してくれた。
やわい。薄い。脆そう。温かい。やさしい。
一度その感触を味わってしまうともう駄目だった。
今まで感じたことのなかった未知の感触に、髭切の世界は一気に鮮やかなものへとなった。
もっと審神者に触れたい、やわい感触を味わいたい。
そんな感情が髭切の頭をいっぱいにした。
それからの髭切は、どうやったら審神者の側に居られるか、どうしたら審神者を独り占めできるだろうか、どうしたらもっと触ることを許される仲になるだろうか、などばかり考えた。
考えた結果、戦場では武功をあげ、あまり気乗りしない事務作業も手伝い、審神者が悩めば一緒に悩み、不安を抱える審神者を慰め、優しい言葉を掛けた。
そして髭切は、審神者の信頼を得る近侍の座を獲得した。
それから髭切は毎日のように審神者に触れ、審神者を抱き締め、審神者に口付け、審神者と共寝を済ませ、心身ともに彼女の側に居る権利を強奪……いや、勝ち取ったのであった。
初めて夜を共にした審神者の肌の感触は忘れられない。
こんなにも温かく柔らかいものが存在するなんて、と心の底から感動した。
髭切の愛撫一つ一つに敏感に反応する審神者はとても愛らしく、わざと意地の悪い言葉をかければ彼女は泣いて善がるのだ。いつも皆に平等で、清く正しくあろうとする彼女にこんな淫らな一面があったなんて!
思い返すだけでも興奮する。
髭切の名を呼ぶ声は仔犬か仔猫のように頼りなく、慰めるように口付ければ、それはもう蕩ける様な触感だった。たまらずその唇に何度も何度も吸い付き、ほんの少しだけ牙をたてた。牙の先をほんの少し埋めるだけで髭切の息が荒くなった。
審神者はどこもかしこも柔らかくて気持ちがいい。
唇はどこも柔らかい審神者の部位で、髭切が特に気に入っている場所だった。審神者は唇だけで髭切を気持ちよくさせることができるのだ。
(まあ、本人はそんなこと思ってもいないのだろうけど)
でもそんなところが可愛いのだ、と髭切は自分の刀を審神者の方へと近付けた。
「……髭切?」
「ねえ主。唇で触れてみて」
「……えっ?」
「こっちの僕に、口付けて」
そう言った髭切に、審神者は何度か瞬きを繰り返した。
撫でろの次は口付けろ、と。髭切は、刀の髭切に唇で触れることを所望しているらしい。髭切の発言の意図が審神者にはよくわからなかったが、しばらく髭切を放置してしまったので、もしや構って欲しいのだろうか、と解釈し、審神者は刀の髭切にそっと唇を寄せた。
しかしそれは神仏に捧げる様な口付けで、審神者は刀を両手で持ち上げるようにして鞘に口付けた。
「ええっと……、これで良かった……?」
「うん、なんか思った感じとは違うけど、それでいいや。もっとしてくれるかい?」
「ええ? も、もういいよね?」
「あー、主にいれたお茶が冷えちゃったなー。お饅頭もこんなにかぴかぴ……」
「謹んでやらせて頂きます……!」
髭切が休憩にと用意してくれた茶菓子を無駄にしてしまったことを今更言われ、審神者は髭切の刀を手に取り、再度口付けた。
それも一度ではない。二度、三度と口付けた。
「こ、これでいい?」
「うーん、もっと?」
「……………………」
にこにこと笑みを浮かべる髭切に、これに付き合っていたらキリがないな、と審神者はじっとりと髭切を睨んではその胡坐の中で身動いた。
「もう終わりっ、おしまい!」
髭切のいうことを聞いていたらいつまでも解放してくれないのはわかっていたので、半ば強引に事を終わらせようと審神者は髭切の腕の中から脱出しようと試みた。……が、どうやら審神者は既に逃げ遅れたらしい。
審神者が腰を浮かせると同時に、立ち上がろうとした審神者の腹に髭切の刀がまわった。それを押し付けられ、審神者はすとんと再度胡坐の中へと戻ってしまう。
「ちょっと、髭切?」
まるで刀を柵のようにして腕の中に閉じ込める髭切を審神者は見上げる。しかし見上げた髭切は口元に薄い笑みを浮かべるだけで、審神者を見詰める目がいつの間にかぎらぎらと鈍く輝いていた。
「……えっ……、髭切さん?」
目が全く笑っていない。というよりも、危険な輝きを放っていることに、一体いつからそんな目をしていたのだと審神者は真っ青になった。
危険だ、危険すぎる。この目をしている髭切は何かスイッチが入っている時のそれだと審神者は経験から悟る。
そして髭切は、まるで涎を啜るかのように自分の唇を舐めるのであった。
「ねえ、僕はまだいいよなんて一言も言ってないよ……」
はあ、と零れる吐息は熱く、既に興奮しているそれで、一体いつ興奮する要素があったのだ!? と審神者は困惑したが、腹にまわる刀と自分を見詰める髭切の目に、完璧に逃げ遅れたことにやっと気付く。
「あ、あの……、も、もうおしまい……」
「駄目。もっと僕に触って」
「……っ」
べろり、厚い舌が審神者の首筋を舐めた。
吐息交じりに舐められたそこからぞくりとしたものが審神者の体に走る。
瞬間、首筋に顔を埋めた髭切が大きく息を吸ったのが聞こえた。
いや、何かを吸い込むようにも聞こえた。
「ひ、げきり……?」
「しっかり僕を握って、強く」
首から頬を舐める髭切の舌に、審神者は思わず両手で刀を強く握った。
「ふふ、そう。しっかり握って。きみの刀だよ」
「ひぁっ……」
ぴちゃりと、審神者の耳の中に髭切の舌先が捻じ込まれ、審神者は思わず声をあげた。ねっとりとしたものが耳の形にそって這わされ、審神者の耳の中を舐めあげる。唾液が絡んだ舌が動くたびに生々しい音がし、その近すぎる音が耳を突き抜け脳に響く。
無意識に髭切の舌から逃げようと体が動き、審神者は床に手をついて体を斜めにすると、追い掛けるように髭切の腕が腹に回った。
「逃げては駄目だよ、可愛がっているんだから」
「か、可愛がらなくて、いい……!」
「ああ、僕の刀、落とさないでね。しっかり握って、両手で」
舌から逃げようと外してしまった審神者の片手を髭切が取り、その手ごと刀を握り直させ、髭切は審神者の耳たぶに吸い付いた。
「ん、きみはここも柔いよね」
「あっ、やめて……っ」
柔らかさを弄ぶように髭切はその耳たぶを舐めては甘噛み、吸い付いた。
ふるふると小さく震える審神者は、その甘い吸い付きを堪えるように胸元できつく刀を握り締め、その様子を見た髭切は機嫌を良くする。
「……きみが僕に触れていないところを無くしたいな。主、こっちを向いてくれるかい?」
「え……?」
そう言われ、審神者は刀を抱き締めつつ、一度髭切の胡坐から出るようにして、向き合って座った。
「もう少しこっちにおいで。……ああ、せっかくだからそのままでいいよ」
少し距離が遠かったのか、髭切に腕を引かれると膝立ちになってしまったが、そのままでいいと髭切に言われた。
「主、僕にも口付けをくれるかい」
「……ん」
髭切に頭を引き寄せられ、審神者と髭切の唇が重なる。刀の髭切とは違う、柔らかく温かな感触に審神者はついうっとりと目を閉じた。
優しい唇の感触に気が抜けたのか、審神者の腕が僅かに緩み、審神者の足元でごとりと音を立てて刀の剣先が床についた。
「あっ、ご、ごめんなさい……っ」
すぐに謝罪を入れた審神者だが、剣先がついただけで落とされたわけではない。
それでも慌てて刀を握り直した審神者に、髭切は優しい笑みを浮かべる。
むしろ口付けで握る手が緩んでしまったというのなら、落とされても許してしまう。
「いや、大丈夫だよ。むしろ重かったかな、ごめんね。剣先をつけても大丈夫だよ」
やはり審神者のような女人に太刀は重いのだろう。髭切の言葉に、審神者はゆっくりと剣先をおろした。
「ああ、もう少し寝かせても大丈夫。いや、これはもう僕が持っていようか」
「……?」
刀を真っすぐ立たせるように置いた審神者だが、髭切はそれを少し奥へとずらし、審神者の足と足の間に剣先を寝かせた。刀を跨ぐような恰好に審神者は不思議そうにしていたが、髭切はそんな審神者から刀を受け取った。
「僕の肩に手を置いた方がやりやすいかな」
そう言って審神者の手を自分の肩へと持っていく髭切に、審神者はますます首を傾げるのだが、髭切の次の言葉でその意図を知ることとなる。
「主、きみの体全部で僕に触れて欲しい。僕で気持ち良くなってくれたら嬉しいな」
と言い、髭切の持つ刀が審神者の足の間に押し付けられた。
滑らかな反りがするりと審神者の中心部に触れ、髭切のやらんとすることが審神者にもわかった。
そんなまさか、と絶句した審神者だが、髭切の方はわくわくしたような目をこちらに向けており、その期待の眼差しに審神者はぶんぶんと首を横に振った。
「……! い、いやっ、流石に、それは、駄目だと思う!」
「僕がそうしてとお願いしているのに駄目なものか」
さあさあと審神者の腕を引く髭切に審神者は困惑した。
髭切が審神者の下肢に刀を押し付けているのは間違いない。理解したくも認めたくもないが、髭切はおそらくこの刀の上で審神者に腰を振れ、と言っている。
体全部で触れて欲しいと言いながらぐいぐいと押し付けられている箇所は審神者の中心で、確かにそこが全てだと言えばそうかもしれないが、それではまるで、自慰をしているようではないか。刀の上で腰を振る自分を想像し、審神者はありえないとそれを望む髭切を見下ろした。
(か、刀って武士の魂とか心とか、そういう大事なものじゃないの……!)
そんな大事なものをこんな事に使っていいのか。いいや駄目に決まっている。
だいたい大事うんぬん、髭切が今ここで刀剣男士として顕現していなければ、彼は源氏の重宝として美術品か文化財としてどこかの美術館や神社の宝物庫に納められていても不思議ではない。とてもじゃないが畏れ多くてそのような刀にそんなことができるわけがない。
そう審神者は首を振るのだが、それを望んでいるのはそれの持ち主以前に、それ本人であった。
「髭切……! も、もっと自分を大事にした方がいい……!」
「ははっ、目に見えて混乱しているね、主」
これが混乱しないでいられるか。髭切が、髭切を使って審神者へそういう行為を求めているなどあってはいけない。例えそれを求めているのが当人だとしても、だ。
「主、余計なことは考えないで。僕だけを考えて欲しい」
「だ、だから、髭切を思って……」
「そう思うのなら、僕のお願いを聞いてくれるかい? きみの全てで僕に触れて欲しい」
「聞けな……ひぅっ」
するり。髭切が手元を動かし、審神者の足の間で刀が擦れた。
衣服は着ているものの、固く、ちょうど審神者の足の間におさまる太さのそれは、審神者の中心部によく当たってくれる。
「や、やめて、髭切……! んっ」
「お願い、主。これきりにするから」
絶対嘘だ。
その言葉を心の中で強く否定しつつ、擦りつけてくるそれを除けようと審神者は手を伸ばす。しかし、その手は刀を掴む前に髭切の手に掴まってしまう。
「主……。ね?」
甘い掠れた声で乞われ、審神者はその声を聞いただけでも喘ぎそうになったのを必死に噛み殺した。
掴まった手が再度肩に戻され、髭切は審神者を促すように小首を傾げた。
求めていることは許されることではないのに、目の前の美しい男はそれを求めてくる。
神という存在は人間に試練を与えるものだというのに、目の前の美しい神は審神者を誘惑ばかりしてくる。
……実は神などではなく、あやかしか何かなのではないだろうか。
突き付けられたように触れる髭切の刀、それを使って腰を振れという髭切に、審神者は意識がぐらぐらと揺らぐのを感じていた。
(いいわけがない。ないのに……)
くちなし色の目に見詰められ、審神者は美しい神の姿をしたあやかしのような男の言葉と声に、強く目を瞑った。
「ん……っ」
そろりと、刀の反りに沿って審神者が腰を動かした。
「……ああ、夢のようだよ」
まるで長年の願いが叶ったとばかりに恍惚とした声を出した髭切に、審神者はそんな声をあげないで欲しい! と更に強く目を瞑った。
こんなことが許されていいはずがないのに、そんな声を聞いてしまったら、やって良かったと思ってしまうではないか。
名刀になんてことをしてしまっているのだ、という思いで眉間に皺を寄せる審神者に、髭切は小さく笑った。
「きみは真面目だね。僕がいいと言っているのに」
まあそんなところが好きだよ、と囁かれ、審神者はひくんと体をびくつかせた。
駄目だとわかっていても、髭切の手によりすっかり躾られたこの体は、髭切の一声だけでも小さな快感を拾ってしまう。
「可愛いね。もっと強く押し付けてくれて構わないよ」
「ん、んん……ぁ」
拙くも、懸命に腰を揺らす審神者の姿が可愛らしい。
髭切は擦れている個所と眉を寄せる審神者の表情を交互に眺めながら、静かに唇を舐めた。
やっていいと当人が言っているというのに、真面目な彼女は刀に下肢を擦り付ける罪悪感と一人戦っているのだろう。
審神者の険しい表情を見ながら、今彼女は自分の言った言葉で苦しんでいると思うと、髭切は込み上げる興奮を抑えきれなかった。
(可愛い、もっと困らせたい。苦しめたい。もっと気持ち良くなって訳がわからなくさせたい)
「あぁっ!」
じれったく動く腰に、髭切は刀を滑らせた。
すると、ちょうど刀を下げるために付いている足金物が審神者のそこに擦れ、審神者はびくんと震えて甘えた声を出した。
「あっ……! 駄目、それ……っ」
「ん? これかい?」
わざとらしく言った髭切は、それが審神者のいいところに擦れるよう、刀を動かし、審神者の快感を引き出していく。
鞘の半分より上についた小さな金具が、審神者の弱いところを刺激し、審神者の腰は逃げるように動くが、髭切がそれに構わず追い掛けてくる。
「主、いいんだよ。僕で気持ち良くなって」
「あっ……、だめ、だめなの……っ」
「ふふ、何が駄目なの? 僕がいいって言っているのに。それとも、刀の僕で感じてしまって駄目なの?」
「は……っ、やだ、ぁっ、こんな、あっ……」
「……香りが強くなってきた。気持ちいいんだね」
すん、と髭切が鼻を鳴らし、嬉しそうに目を細めた。
「ああ……甘い。もっと甘くできるよね?」
しかし審神者はそんな髭切に気付ける余裕などとうに奪われていた。敏感な箇所を狙って動く刀に、恥ずかしくも腰が動いてしまいそうになるのを堪えるのがやっとだった。
髭切が刀を持ち直し、今度は金色の鞘尻が審神者の中心に押し付けられる。鞘の腹で撫でるようにされていた感覚とは違い、その場所を一点集中して苛められ、審神者は恥ずかしい声をあげてしまった。
「……あっ、待って……やぁんっ!」
なんて声をあげてしまったのだと羞恥で赤くなる審神者の顔を、髭切はうっとりと眺めていた。
「可愛い。恥ずかしそうな顔、すっごく可愛い。もっと見たい」
「や、やだ……っ、みないで、はずかしいっ……あ、んんっ」
「褒めているのに」
「う、うれしく、なっ……ん、あぁっ、あ、熱い……っ」
華奢な指先が髭切の刀に添えられる。審神者の言う熱は、擦れた熱だろうか、それとも興奮して高ぶった熱だろうか。髭切は熱のこもった溜息を吐いた。
この刀は髭切自身でもあるが、髭切と感覚を共有しているわけではない。それでも髭切は審神者と共に体が熱くなっているのを感じていた。
それこそ審神者が喘ぐ姿を見て興奮して高ぶった熱かもしれないが、刀を動かしているだけでも気持ちがいいと感じているので、もしかすると今だけ刀と感覚を共有しているのかもしれない。審神者の柔い太腿に挟まれ、弱い箇所を擽っているところを眺めているだけでも十分気持ちがいいのだ。
「あっ……、髭切、んんっ、わたし、ぁ、やだ……っ」
「大丈夫、何も悪いことはないよ。僕で気持ち良くなって」
未だ理性と戦う審神者は、髭切の肩に手をつき項垂れるようにしていたが、髭切はその顔を覗き込むようにして、甘い嬌声をあげる審神者の唇に吸い付いた。
「ふ、んんっ……! ん、ぁ、んんっ」
「可愛い。そのまま気をやってごらん」
「あっ、む、……だめ、だめ……!」
「ふふ、そんなに可愛い声をあげて……。僕は僕に嫉妬してしまいそうだよ」
唇を付けたままそう囁き、髭切はぐりぐりと審神者の柔らかく弱い箇所を鞘尻で刺激し続けた。
「あっ……! やっ……、ん、ん……!」
「ほら、……いいこ。いってごらん」
「ん……っ! あぁっ、あっ……!!」
審神者に優しく囁くと、細い腰がびくびくと脈打つ。糸が切れたように審神者が崩れ落ち、へたりと座り込んだ体を髭切はそっと抱き留めた。
「あ……、は、ぁ」
「よしよし、今日も可愛く気をやれたね」
いいこいいこ、と審神者の頭を撫でると、審神者が弱々しい手つきで髭切に抱き着いてきた。嫌だ駄目だというわりには、最後はこうして甘えてくる審神者がとてつもなく可愛い。
真面目で恥ずかしがり屋の審神者は、まだ快楽に素直になれないのだ。そんなところがまた可愛がりたくなるのだ、と髭切は刀を横に置き、審神者の衣服を脱がしていく。
「えっ……、待って、髭切っ……」
するすると剥かれていく衣服に、審神者は狼狽えたように髭切を見上げたが、髭切はそれににっこりと返すだけで脱がす手を止めない。
薄い皮を剥き、そこから顔を出す瑞々しい果物のような白い素肌に髭切は吸い付いた。吸い付いたそこは審神者の柔らかな双丘で、少し唇を尖らすように吸うだけで赤い痕が簡単に残る。
「刀の僕にたくさん触れてくれたからね。今度はこちらの僕がお礼するよ」
「い、いい……っ! そういうの、いいから……!」
「いい? 嬉しいよ、きみも僕に触れられて欲しいんだね」
「ち、違う、そっちじゃなくて!」
「ああ、こっち?」
そう言って髭切はもう片方の審神者の胸に吸い付き、ぴんと立ったそこに少しだけ歯をたてて吸い付いた。
「あ、んっ……!」
「はあ、美味しい」
涎を啜るように吸い付かれ、髭切の吐息がかかる。会話が一方的すぎることに審神者は怒りたかったのだが、甘く切なく吸い付いてくる髭切の唇にその声は嬌声へと変わってしまう。
「んんっ、ぁ……」
髭切の舌先は、円を描くようにして審神者の胸の先をなぞる。ひくひくと震えた審神者を見詰めながら、髭切は白い肌にぱくりと齧り付く。審神者の肌は加減を間違えたら牙が突き刺さってしまいそうなほど柔いので、あくまで優しく、しかし甘い痛みは残して、と髭切は審神者の乳房に唇を埋める。
「む……、やわらかい……」
審神者の胸を甘噛みしながら、そう幸せそうな声で言った髭切に審神者の頬がかっと熱くなる。
恥ずかしいのに、髭切が嬉しそうにしているのを見て自分も嬉しいと思ってしまう。そしてそんな自分がまた恥ずかしい、と審神者は頬を染めるのであった。
「……っ、い、言わなくて、いいから……!」
「ええ? だってこんなにもやわくて、可愛いんだよ?」
「やぁんっ」
きゅっ、と先端を指先で摘まれ審神者の口から声がこぼれる。また恥ずかしい声をあげてしまったと審神者は泣きそうになるのだが、髭切は責めるような視線を審神者へと向けた。
「はあ、可愛い。本当にきみは可愛いね。僕は胸が苦しいよ。こんなにも僕を苦しめて楽しいかい?」
「え……えぇ……?」
苦しめられているのは自分の方では……、と審神者は言葉を失ったが、髭切の手があやしく太腿に触れているのに気付き、慌ててその手を押さえる。
「ひ、髭切、も、もうおしまい、おしまいだから……っ」
「冷たいね。あっちの僕は可愛がってくれたのに、こっちの僕は可愛がってくれないのかい?」
髭切の眦が寂しそうに下がるのだが、口だけは楽しそうに弧を描いている。いかにも上辺だけの表情に、やはり苦しめられているのは自分の方では、と審神者は再確認するのだが、髭切の指先が審神者の下肢へと触れては悪戯したそうに動き、それどころではなくなってしまう。
「……っ」
下着をくぐって触れてきた髭切の指先が中でぬめり、そのぬめらせた原因に心当たりしかない審神者は髭切から目をそらした。
「ふうん……、おしまい。おしまいにしていいの?」
「んっ、あ……っ」
「こんなに蜜が垂れて泣いているのに」
下着の中で髭切の指が花弁を開くようにそっと上下に動く。
「泣いて、あっ……、ないっ」
顔をそむけた審神者に、髭切は形のいい唇を耳元に寄せた。
「嘘つき。……僕が欲しいくせに」
甘い声が低く囁かれ、審神者は跳ねそうになる体を抑えることができなかった。
囁かれたのは一瞬で、掛けられた言葉でさえ短いものなのに、耳の中に髭切の声がとろりと流し込まれたようで、審神者の体は震えた。
一体どんな手を使って体を、心を支配してくるのか。そう審神者が髭切を見上げると、髭切は審神者から手を離し、指に付いた審神者の蜜を舐めて見せた。
「なっ、だ、だめ!」
慌ててその手を抑えようとしても遅い。髭切は蜜を一滴も残すまいと舐め、審神者が舐めるのを止めさせようと手を抑えても舐め続けた。むしろ止めさせようと掴んだ審神者の手さえぺろりと舐め上げ、審神者は小さく悲鳴を上げた。
「ひゃっ」
審神者の声に髭切がくすりと笑い、審神者の体を横たわらせる。そして自分の首元の釦を一つ二つと緩め、審神者の体に圧し掛かかろうと身を屈めた。
「もう我慢できないや……。ゆっくりいれるから、中にいれさせて」
ぎらぎらとした目でこちらを見下ろした髭切に、審神者は得も言われぬ恐怖と興奮を感じた。
怖いのに、その怖さを待ち望んでいる自分がいる。
審神者は思わず背を向けて逃げ出そうと這った。しかし髭切がそう簡単に逃がすわけもなく、髭切は審神者の華奢な体を跨いで動きを封じた。
「どこに行くの? 逃がさないよ」
「あ、ああっ……」
髭切の指が審神者の丸い尻を撫でては、下着を除けて後ろから指を突き入れた。
一気に複数の指を入れられ、審神者は白い喉を反らすほど高く鳴いた。
「この姿勢だと、深く入るね。すごい、絡んでくる」
髭切の指が動くたびに室内に粘着質な水音が響く。審神者はそのたびに切なく声をあげるのだが、髭切の手は止まることなく、むしろどんどん奥深く入っていく。
「あっ……ぅ、あっ」
「ねえ、指だけじゃ足らないよね……。お願い、もういれていいよね……」
審神者のはだけた白い背中に熱のこもった唇が落ちていく。吐息交じりに落ちてくるそれは背中から腰へと落ちていき、まるでその先を乞うようなものだった。
しかし審神者の耳には、髭切がベルトを外すカチャカチャと急いた金属の音が聞こえてきた。お願いだなんて言って結局は髭切のやりたいようにするくせに、と審神者が肩越しに睨むと、髭切はその目を見詰めては、たまらないとばかりに陶然と呟いた。
「……可愛い。泣くまで苛めたい」
表情と台詞が一致していない。ついでに最初に言った言葉と後半の言葉の温度差もまったく違うのだが一体どういうことだ、と審神者は顔を引き攣らせる。
しかし髭切は構わず審神者の下着を脱がし、細い腰を浮かせた。
「あっ……いやっ」
まるで髭切に尻を差し出すような格好に審神者は慌てたが、いつの間にか取り出されていた太く硬いものがそこに宛がわれ、審神者の体に緊張が走る。髭切は体を強張らせた審神者を満足そうに見下ろしながら、ゆっくりと腰を押し進めた。
「……あ、あぁっ」
中の具合を確かめるよう、じわりじわりと押し入ってくるそれに、審神者は押し出されるような声をあげた。たまらず零れ出てしまったと言わんばかりの声に髭切は気分を良くし、半分まで入れていたものを奥まで押し込んだ。
「……あぁっ!」
 衝撃と言った方が近い、強い快感が審神者の全身に走り、脳がびりびりと痺れた。
「ああ、深いね……」
後ろから突き刺したそれはいつもよりも深いところに入っており、髭切のものは審神者の柔らかい媚肉にきゅうきゅうと包まれた。まるで審神者に強く抱き締められているような甘い錯覚に陥る。
しかし髭切はそれを錯覚で終わらせず、審神者の腰に置いていた手をそろりと滑らせ、柔らかな胸へと移動させる。そして華奢な体を背後から覆うようにして抱き締めた。そして抱き締めついでに胸の先を指で軽く摘まめば、審神者は髭切の腕の中でびくんっと強く震えた。
「あっ、ん!」
髭切の愛撫一つ一つに反応する審神者が可愛く、髭切は審神者の丸い肩、背中に口付け、ゆるゆると腰を振り出した。
「んっ、あっ……あぁっ、んっ」
「可愛い。これ気持ち良かった?」
「やっ、ぁん」
再度審神者の胸の先を両方同時に摘まめば、審神者は甘えた声を出した。それに気を良くした髭切は審神者の胸をくりくりと弄りながら審神者の中を何度も擦った。
「あっ、やだ、それ、やめて……っ」
「それってどれのことだい? これのこと?」
 そう言って髭切は審神者の胸の先をきゅうと摘まんだ。
「あ、んっ」
先程よりも少し強く摘ままれ、審神者は気持ち良さとほんの少しの痛みを感じる絶妙な指具合に甘く鳴いた。しかし髭切の愛撫はそれだけではない。ゆっくりと動いていた腰が審神者の中へと深く押し込まれる。
「それとも、こっち?」
「んぁ……っ!」
 ぐう、と髭切のものを押し込まれ、中でなく全身さえも押し上げられていく感覚に審神者は喉をのけ反らせた。
「どっちが駄目だったの? それとも、どっちも良かったの?」
答えはどちらも駄目で、どちらとも良い、だ。しかしそんな事言えるわけがないと審神者は羞恥で頬を染めながら首を振った。そしてそんな審神者の気持ちなどわかっているとばかりに髭切は腰の動きを速め、指先で審神者を苛んだ。
「あっ、は……、んん」
髭切の太く硬いもので何度も擦られると、下肢が、全身が、溶けていくようだ。ずくずくと蕩けてしまいそうになる体に審神者は床に爪を立てた。するとすぐにその手を髭切が取り、指を絡めては握り込んできた。
「駄目だよ、主。爪が割れてしまう」
「あっ、髭切、髭切」
髭切に手を握られ、その存在に包まれた審神者は夢中で髭切の名前を呼んだ。
「なぁに、主」
歌うような優しい声で審神者の名を呼んだ髭切だが、繰り返される抽挿はどんどんと深くなり、奥を突いてくる。
「ひげ、きりっ、あっ」
「なんだい、主。言わなきゃわからないよ?」
耳元で囁かれる声は優しい。しかし審神者の最奥をとんとんと突く刺激は強烈で、髭切の硬い先が審神者を追い詰める。
「んっ、あっ……、だめ、もう……っ」
「ええ? もう?」
限界を告げる審神者に髭切はつまらなさそうに返したが、声音は実に楽しそうなものだった。審神者の背中に口付けを落とす唇もひどく優しい。
「主は可愛いね。これだけで気をやってしまうのかい?」
むしろこれだけでも十分では。と揺さぶられながら審神者は思ったが、最早そんな返しができる余裕はない。髭切に甘く腰を打ちつけられ、審神者は弱々しく喘ぐだけで精一杯だ。
「まあでも、今日はこの前に一度気をやっているからね、許してあげる。刀の僕で腰を振る主、とっても可愛かったしね」
いいものが見れた、とばかりに言った髭切に、審神者は先程の醜態を思い出し、目を強く瞑った。すると審神者の中が切なく締まり、髭切は小さく唸っては笑った。
「あ、はは……ぎゅうぎゅう締めて……。思い出して、恥ずかしくなったの? 可愛かったって言っているのに」
「髭切……っ!」
「ごめんごめん、意地悪だね」
 泣きそうな声を上げた審神者に髭切はそっと目元を和らげ、審神者の頬に優しく唇を寄せた。ちゅ、と小さな音をたて離れた唇から熱い吐息が漏れ、審神者は髭切の体にも熱が籠っているのを感じた。
「あっ、髭切……っ、あぁっ」
髭切は審神者の腰を引き寄せ、貪るように腰を打ちつけた。激しく揺さぶられ、審神者は波に飲まれてはその波の名前を呼んだ。
「ひげ、きりっ、あ……っ、もう、だめ、いっちゃ……! いっ……あぁっ!」
何処かへと体が放り投げられてしまう感覚に審神者は強く目を瞑った。体がふわりと持ち上がっては急速に落ちていくような浮遊感に全身の力が入り、体がびくびくと震える。
「あ、るじ……そんな締め付けたら、僕だって……くっ」
高い声をあげて審神者が気をやり、一段と締め付けてくる中に髭切も震えた。
本当はまだじっくりと味わっていたかったのだが、刀の髭切に腰を振っている審神者を見ていた時から髭切のそこは痛いほど膨れ上がっていた。その熱が密かに溜まっていたのも手伝い、髭切は堪え切れずに審神者の中に熱い精を放った。
「んっ……」
「はあ……、出ちゃった……。まあ、いいよね。これが終わりじゃないし」
「え……?」
髭切の衣服を脱ぐ音が聞こえる。
ぼんやりとこちらを見た審神者の体を髭切は抱き起こし、繋がったまま審神者の背中をきつく抱き締めた。そして審神者の首筋に顔を埋め、大きく息を吸った。いや、何かを吸い込んだような。
「はあ……、甘い。いい香り。きみの匂いだ」
そう言えば先程も髭切は同じようなことをしていたのを思い出し、審神者は髭切の方へと顔を向けたが、その顔は髭切の唇に奪われ、また髭切の抽挿が始まる。
「あっ、やだ、髭切っ……、も、もう終わり……っ」
「駄目だよ、主。ちゃんとこっちの僕も最後まで可愛がってよね」
最後まで、とは何処までをさすのやら。審神者はにっこりと笑った髭切に体力と身の危険を感じたが、それは下から突き上げられる強い快感の波に浚われ流れてしまうのであった。
結局、気を失うまで喘がされた。




寝所に敷いた布団の上にぐったりとした審神者を寝かせ、髭切はその疲れ切った審神者の寝顔を心ゆくまで眺めていた。
部屋いっぱいに香るのは審神者から発せられる甘い香りだ。熟した果実のような甘く瑞々しい香り。その香りのなんと馨しいことか。いや、きっと審神者から香っているからこそここまで馨しいと感じるのだろう、と髭切はこちらを向いて寝ている審神者の頬を指で撫でた。
(僕の、僕の主……可愛い)
すると、審神者の細く長い睫毛が震え、ぼんやりとその目が開かれた。
「おはよう、主」
「ひげきり………………っ!?」
審神者は髭切を視界に入れると目を大きく見開いた。
いや、いつの間にか自分の足の間に挟まっている刀の髭切を見て、だ。
「……え?」
「ごめん。きみの太腿があまりにも気持ち良さそうだったから、挟んでみた」
冷たかった? と髭切が首を傾げ、審神者は言葉を失くす。
まるで、すぐそこにパンとハムがあったから挟んでみた、といった軽さで口にした髭切だが、審神者の脳内で思い返されるのは、この髭切で腰を振ってしまった恥ずかしい自分の姿で、ただでさえ忘れてしまいたいというのに、追い打ちをかけるようにまたこれが審神者の足の間にあった。
「太腿で僕を挟む主っていいね。遠征中にきみが恋しくなったら、この刀に触れてきみを思い出すことにしよう」
いい考えだ、とばかりに話した髭切だったが、目の前の審神者が俯き、何やら小さく震えている。
「……………い……」
「……ん? なんだい」
耳を澄ましても聞き取れたかわからない程の声に、聞き直そうと髭切は耳を寄せた。
「……単騎、長期遠征……」
「主……?」
ぽそぽそと何を言っているのだ? と髭切が顔を寄せた瞬間、涙目の審神者が勢いよく顔をあげた。
「髭切に、た、単騎の長期遠征を命じます……!」
「えっ……」
単騎遠征なんて聞いたことが無いと流石の髭切も驚いたような声をあげたが、審神者は構わず声を荒げ、頭の下にあった枕で髭切の顔を思いっきり叩いた。
「わっ、あ、あるじっ」
「し、信じられない……! あ、あんなことして、こ、こんなことしてっ!」
容赦なく髭切を枕で叩く審神者は顔を真っ赤にし、涙を浮かべてこう言い放った。 
「しばらく反省しなさい!!」
「あ、主……!」
審神者はぽろぽろと涙を零し、刀を髭切本人へと押し戻した。
その泣き顔も可愛いな、なんて思いながらも髭切は押し戻された刀を受け止めたが、その刀に残っていた微かなぬくもりに気付いてしまう。そして泣いている審神者を前に、今ここでやっては駄目だとわかっていても、そのぬくもりに頬を寄せずにはいられなかった。
「……主の太腿、あったかい」
審神者は激怒した。


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