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無理も道理も最期の最期まで(4/4)
「じゃぁな、大将。」
やけに生々しい肉声に思わず目が覚めた。カーテンからは眩しい朝日が透けていて今日は一日快晴そうなのを告げている。手に取った携帯で時間を確認すれば、いつも起きる時間より少し早めに起きていた。かといって二度寝するにはリスキーな時間なので私は渋々ベッドから立ち上がった。何の夢を見ていたのだろうか。確か、大事な人と話をしていたような気がするのだけど、思い出そうとしても、手から滑り落ちる砂のようにさらさらと消えていく。
「さーて、今日も一日がんばりますかー。」
少し早めに起きることができたので、しっかりと朝食をとることにした。お米美味しい。久々に食べる白ご飯は甘くて美味しくて噛めば噛むほど味が出る。それにしても、昨夜私は炊飯器にお米をセットしていたっけ?あまり記憶がなくて、でも多分用意されていたということはそういうことなのだろう。
それからもそもそと着替えて化粧もして鞄に荷物を詰め込む。
「あっぶない。USB、USBっと。」
出掛ける直前にUSBを鞄に入れてないことに気付き、慌ててパソコンから抜いた。パンプス履いた後だったので、土足でフローリングを歩いたのは目を瞑っておく。誰かに見られてたら確実に怒られていただろう。ま、一人暮らしなので問題ない。慌てて抜いたUSBを鞄の小さなポケットに詰めていざ出勤。あれいつもこんなに混んでいたっけと思う程の電車に乗り込む。
「あっ、ごめんなさい。」
「いや、こちらこそ。」
久々にもみくちゃにされた満員電車から吐き出されるようにして出れば、見知らぬ男性と肩がぶつかってしまった。少し長めの前髪と切れ長の目のインテリイケメンに思わず(朝からイケメン見れた…ラッキー。)と心の中で呟いて会社へと向かった。昨日の占い師さんにも言われたけど、私もそろそろいい歳なのでいい加減彼氏という生き物が欲しい。しかし欲しいと思えば手に入るものではないので、今朝出会ったインテリイケメンみたいな彼氏ができたらサイコーなんてタイムカードを押して自分のデスクに着いて気付く。
「無い。」
「何が?」
鞄のどのポケットを開いてもそれらしきものが見付からず、真っ青になっていると同僚がどうしたのとやってきてくれた。
「鞄に入れてたUSBが無い。」
「はぁ!?」
「どうしよう。今朝ホームで人にぶつかったんだよね、それかな…!」
「ちょっ、駅に電話しなよ。」
悪用されるほど個人情報は無いけれど、今日提出予定の高解像データがそこに入っている。見付かって保護されていれば一番なのだが、今日のラッシュ加減を思い出すと踏みつぶされている可能性もある。なんでネットに保存しておかなかったのだ私…!と悔やみながら駅の電話番号を探していた時だ。
「良かった、社名入りUSBだったからまた会えるかと思ってたんだ。」
やけに聞きやすいと感じる低い声に、私は顔を上げた。
目の前にぷらりと私のUSBが垂れ下がる。ゆらゆらと揺れるUSBの後ろには、今朝見掛けたインテリ系イケメン男性がそれを片手に立っていた。少し長めの黒髪に、切れ長の目の男の人。見上げる程すらりとした体躯のその男性は、確かに初めましてのはずなのに。
「今日から異動になった、粟田薬研だ。よろしく頼む。」
そう優しく細められた瞳を、声を、私は知っている気がした。
無理も道理も最期の最期まで