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修練場に着くと耳鳴りのような音がナマエの頭を貫いて久しぶりの強いイノセンスの気配にくらくらしたがなんとか踏み止まった。


「や、ナマエ。」


と同じようなトーンで同じように肩を叩かれ、振り向くとそこにはやっぱり兄が立っていた。


「大丈夫?なんかつらそうだね。」


イノセンスの気に触れ、ふらりと揺れたナマエの細い体をコムイが支えた。


「なに、ここ、イノセンスの気で充満してるよ?…兄さん大丈夫なの?」

「ん〜最初はつらかったけど慣れちゃった。」

「慣れた…、?」


慣れるわけがない。
こんな飛び散った窓ガラスの破片を浴びるような気をエクソシストでもないコムイが耐えられるわけがない。顔色のよくないコムイを見れば痩せ我慢しているのがよくわかった。それにしてもなんだ。この制御しきれていないイノセンスの気配は。つらそうなコムイをこのまま我慢させるわけにも行かず、まだコムイよりも大分マシであろうナマエがこのイノセンスの気配を探る。すると修練場の開けたところに大きな時計とクセのある黒髪の女性。女性の前には手のひらほどの砂時計が置かれていた。この満ち溢れたひどいイノセンスの気は彼女と彼女のイノセンスから出ているものだった。


「ミランダ…さん…?」


彼女の方へ足を向けると頭に直接響く強い、色々な音がナマエを襲った。吐き気。眩暈。まるで昔の、まだ自分がうまくイノセンスを発動できていない時のようだ。


「まだ加工してないんだけどミランダがどうしてもって言うから…。」


と苦しげに笑うコムイ。何がどうしてもなのだ。ミランダは今、イノセンスの原石で発動をしているのだ。これではここにいるコムイが、何より発動しているミランダが危険だ。まだ彼女のイノセンスの能力も性質もわかっていないというのに。


「兄さん、何言って…これじゃ…。ミランダさん!発動をやめてください!!このままじゃ体が壊れます!」


ナマエは激しい頭痛に顔を顰めながら彼女へ叫んだが彼女は発動をやめず、首を横に振った。


「ミランダさん!」

「わたしっ!」


ナマエが初めて聞いた、ミランダの強い声だった。
意思のある、まっすぐな声。


「頑張らなきゃいけない!いつまでもウジウジしてたら何も変わらないもの!!それに、私が、エクソシストになれたのには…!何か理由があるかもしれないもの!」

「…ミランダ、さん……。」


最後は閉じられた彼女の瞳から涙が光って見えた。すると彼女の気持ちに反応したのか、イノセンスの気が更に膨れ上がった。修練場の壁や円柱がビシビシと音を立ててヒビを作っていく。


(まずい!)


ナマエは駆け出した。
先程よりも強い気に今にもぶっ倒れそうになったが走っていた。走って、彼女の、ミランダの肩に手を置いて、耳元で優しく声を出した。


「ミランダさん、落ち着いて。深呼吸しましょう。」


落ち着いて。

私の声を聞いて。


「ナマエ、ちゃ…、」

「ゆっくり吸って、…吐いて…そう。」


それから耳を澄まして。

イノセンスの鼓動を聞いて。

それに呼吸を合わせるの。

大丈夫。

ゆっくり。

自分のペースでいいの。


「ゆっくり目を開けて…。」


語るような優しいナマエの声通りにミランダは目を開けた。温かな光が自分の心を満たしていくのがわかる。


「わかりますか?」

「…えぇ…。わかるわ…。これが、イノセンス。」


胸の奥にある確かな感覚。実体はないが自分の中に何かがあるのが感じられる。ナマエの手が肩からミランダの腕へと降りて、手を優しく握った。満たされていく何かにミランダは集中して、そこから集中力の矛先を目の前の砂時計にずらす。


深呼吸、

イノセンスの鼓動、

波長、


「集中して。」


集中。


さらり、と砂時計の砂が揺れる。


「…っ!」


動いた、と気を緩めるミランダの手をナマエが握る。


「まだだめ。しっかり最後まで集中して。」


言われて慌てて気を引き締める。
その様子を離れた所で見ていたコムイは舌を巻いた。先程の息苦しさがない。ミランダがイノセンスの力を抑えたのだ。そしてその抑えるまでの過程を誘導させたのはナマエ。さすが、というべきか。やはり彼女は誰よりもイノセンスとのシンクロの仕方を知っている。

さらり、
さらり、

砂時計の中の砂が浮かんだ。
容器の中の砂は元の時間を遡る様に上へとのぼっていく。時間が戻っている。すごい、とナマエはミランダの手を握りながら砂を見つめた。時間が彼女のイノセンスによって戻っている。いや、吸われていると言った方が正しい。この砂が落ちていった過去を時計が吸い出している。


「ミランダさん…。」

「…えぇ。」


時計がある程度時間を吸ったところでミランダに発動をとかせた。すると時計から吸だした分の時間が砂時計へと帰り砂は下へと落ちていった。すべて落ちていったのを見送るとミランダがナマエの手を握り返し、弱弱しくナマエを見つめた。


「ナマエ、ちゃん……。私、」


不思議と、以前の苛々がなくなっていた。ナマエはやっと、というのだろうか。彼女に本当の笑みを見せられたような気がした。


「ミランダさん…。」

「………。」

「私達装備型はですね、アレンと違ってイノセンスと身体的な繋がりを持たないの。だから、無茶な発動はその後のリスクが大きいし、周囲にいる人への影響も大きいんです。」


ミランダは頷いた。


「発動はイノセンスを人為的に加工するまで、強制発動はしては駄目です。」

「ナマエちゃん、それじゃ…私に、指導してくれる、の?」


ミランダは目を大きくして、初めて見るナマエの優しげな表情を見つめた。リナリーとは違う、少し儚い、綺麗な笑顔。


「…もちろん。私でよければ、微力ながらお力添えさせていただきます。」


謝罪は言わなかった。そしてミランダも謝罪を言わなかった。二人は両手を握り合い、そして「よろしくお願いします」と微笑み合う。
それだけで充分だった。


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