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リーバーが一度捕まえきれなかったナマエを捕まえたのはコムイとミランダの話がちょうど終わったころだった。


「ナマエ!」

「リーバー班長…。」


見つけたナマエはどこか魂の抜けたような顔をしていたが、こちらを視界に入れるといつも通りの笑顔が返ってきた。が、随分ぎこちない笑顔だったことはあえて触れなかった。


「…どこ行ってたんだ?」

「ヘブラスカのとこ。少しお話してました。」

「そっか。」


小さな頭に手を乗っけて撫でてやるとナマエは恥ずかしそうに笑った。その笑顔からは先程のぎこちなさはなく、リーバーは安心した。


「何か用ですか?」

「あぁ、ミランダのことなんだが。」


そうリーバーが言うとナマエの笑顔がフェードアウトした。


「…どうした。」

「別に…。」


と首を横に振るナマエだがどうも様子がおかしい。ミランダと何かあったのだろうかと思ったが今朝は二人で仲良く朝食をとっていたのを思い出して違うと判断した。はて、何があったのか。と思っているとナマエの肩をコーヒーを片手に持った長身の男が叩いた。


「や、ナマエ。」

「兄さん。」


その後ろにはミランダがいた。


「リーバー班長、ナマエには伝えたかい?」

「あ、今言うところです。」


伝える?とナマエは首を傾げ、コムイは「ならちょうどいい」とにっこり笑った。


「ナマエ、キミに頼みたい事があるんだ。」

「いいよ。何?」


手伝いか何かを想像したナマエは二つ返事で頷き、コムイも良かったと頷いた。


「ナマエにミランダのイノセンス指導してもらおうと思って。」

「…え…。」


最初にした顔は嫌そうな顔。
しかしすぐにそれをしまって表情を作り直したところは流石自分の妹というか彼女の悪いと所いうところか。


「兄さん何言ってるの、私自分のイノセンスでさえまともに発動できないのに…。」


そんな教えるだなんて、と髪を耳にかけて目線をそらしたナマエにミランダは慌てて首を振った。


「い、いいのよナマエちゃん!嫌なら嫌と言って…!」


力なく笑ったミランダにナマエは同じく笑い返したが、心に黒い溝のようなものがピシリと音をたてて入った。


「私昔から要領悪いから頭のいいナマエちゃんに迷惑かけちゃうと思うわ…。」


今にも泣き出しそうなミランダにナマエの中の溝は割れる花瓶のように稲妻を走らせた。ナマエはミランダの顔を見て「そんな事ないですよ」と微笑む自信がなく、俯いた。


「大丈夫だよミランダ。ナマエは僕に似て優しい子だからそんな事言わないって。」

「室長〜、誰に似たって?」

「ナマエちゃん、ほ、本当いいのよ!?あ、でもナマエちゃんに断られたら私どうすれば…!!」

「そしたら自力でだね!」

「そっ、そんなの無理…!わ、私どうして自分がエクソシストになれたかどうかもわからないのに…!!」

「…………して…、」


ナマエから小さく声が聞こえた。
ミランダとリーバーは一瞬顔を見合わせ、「どうした」とナマエを見つめ、コムイは肩を震わすナマエを見下ろしてコーヒーを一口飲んだ。


「ナマエちゃん…?」

「……いい加減にして…。」


低い、唸り出しそうな声だった。握り締められたナマエの拳はぶるぶると震えていてミランダとリーバーはナマエが何と喋ったか一瞬理解ができなかった。しかし一呼吸おいて理解できた言葉はミランダ自身にかけられた言葉でミランダはショックを隠しきれない顔で、俯いているナマエを見た。


「ナマエちゃん…や、やっぱり私なんか…」

「いい加減にしてって言ってるの。」


顔を上げたナマエの表情はやけに冷静面だったが瞳は違い、ミランダは体を震わせた。ミランダに対するあきらかな「怒」の感情が籠もった瞳だった。


「…失礼します。」


ナマエはそれ以上何も言わずミランダを強く睨んで踵を返した。遠くなるナマエのブーツ音にコムイはゆるゆると溜め息を吐き、それからミランダに振り向いた。


「ミランダ、あんまり私なんかとか言っちゃダメだよ。」

「…わ、私…」


ナマエに睨まれたことに動揺しているのかミランダの瞳には涙が溜まっている。コムイは苦笑してからカップをリーバーに渡しミランダに優しく言った。


「ミランダ…。ナマエはね、実はキミよりもシンクロ率が低いんだ。」

「…え……。」

「本当だよ?50もいってないんだから。」


嘘だ、と言わんばかりの視線をコムイに送るがコムイはそれをにっこり微笑んで受け取めた。


「深くは言えないんだけど…、ナマエはあんまり良くないシンクロの仕方をしたんだ。」

「良くない…?」

「あぁ、あんまり深く突っ込まれると困るんだけど…。それでね、僕に似て努力家のナマエは一杯鍛錬したんだ。それは…、…命を削るような鍛錬をね。だけど、たくさん鍛錬するんだけど、良くないシンクロの仕方をしたからどうもシンクロ率の伸びが悪いんだ。」


コムイは悲しそうに笑って続けた。


「多分、羨ましかったんだと思うよ。普通にイノセンスとシンクロできたミランダが。」

「………………」


コムイの言葉にミランダは胸が締め付けられた。


「事情を知らないミランダにあたったナマエが悪い。だけど…、弱気なミランダも少し悪かったね。」


コムイは「さぁて、仕事仕事」と腕を伸ばし、ミランダに背を向けた。
「あんたナマエのあれ、ワザとでしょう」と言ったリーバーと一緒に科学班フロアへと消えて行った。


「……わたし……私……。」


一人残されたミランダは胸に手を当て、少しの間何か考えるように黙り、顔を上げ、口を開いた。
 
  
***


最低だ。

ナマエは誰もいない廊下で下唇を噛みしめた。
右も左もわからないところに一人来て不安になっている彼女に八つ当たりをした。
苛々していた気持ちがやっとわかった。ヘブラスカが言っていたこともやっとわかった。


(私、羨ましかったんだ…。)


イノセンスと自然にシンクロできた彼女が。
彼女よりも体術も体力も負けないのに、彼女よりもイノセンスを知っているのに、彼女よりももっと前からエクソシストなのに、


(きっと、ミランダさんは私よりもシンクロ率が高い…。)


悔しかった。

自分よりも彼女は優れているはずなのに彼女はずっと弱気だ。それが嫌だったのだ。
しかしだからと言って自分が彼女に八つ当たりしていい権利なんてない。

自分には今、余裕というものがない。自分の体がどこまで堕ちていくのかわからなくて目の前が真っ暗になって何も聞こえなくなって、怖くて怖くて怖くて何も喋れなくなってしまうのだ。戦えないと自分はここにいれない。使えなければここに居れないのだ。そんな思いの中、ミランダという新しい光が来た。しかし新しい光のせいで、自分という、もともと燻っていた光が消えてしまいそうなのだ。それなのに新しい強い光は不安そうにしている。

本当はそんな光を「大丈夫だよ」「一緒に強くなっていこう」と言うのが自分の役目なのだろう。コムイもリーバーもそれを自分に求めている。しかしそれはついさっきの自分の行動で駄目になってしまった。


(…ミランダさんに謝りたいけど、…今は謝れない。)


なんだか気持ちがごちゃごちゃしていて、彼女に会えばまた冷たい態度をとってしまいそうなのだ。


「あ、ナマエー!」


すん、とナマエが鼻を鳴らしたその時、後ろからジョニーがやってきた。ジョニーは走ったせいか眼鏡が少しずれていて、それを掛けなおしてナマエに笑った。


「頼まれてたゴーレム、デイシャのとこまで飛ばしたよ!」

「あ、ありがとうございます。」


本部に帰ってきてすぐにナマエはデイシャに新しいゴーレムを飛ばしてほしいと頼んだのだった。ナマエはこんな忙しい中、頼みを聞いてくれたジョニーに感謝した。するとジョニーは「あれ?」と声を上げる。


「ていうか、こんなとこで何してるの?」

「…え?」

「ミランダに冷たい態度をとってしまったので反省していました。」なんて言ったら仲間思いの彼は心配するだろうか。ナマエは「ええと…」曖昧に笑う。


「ナマエ、ミランダのイノセンス指導係りなんでしょ?」

「え、えぇ、まぁ、…はい…。」

(受けた覚えはないんだけど…。)


と出かけた言葉を飲み込んでナマエが頷くとジョニーは言った。


「なんか要領悪そうだけど一生懸命なところがいいよね、彼女。」

「…?」

「さっき修練場覗いたけど、あれ何やってるの?砂時計使って…。」

「…修練場…?砂時計…?」


ジョニーの口から出てくる謎な言葉にナマエが首を傾げるとジョニーも「え?」と首を傾げ、そこには小柄な二人が一緒に首を傾げているという変な絵ができあがった。


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