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黒の教団のものと一目でわかる黒塗りの馬車はナマエの前で止まった。
新しいエクソシストを乗せた馬車の扉が開いて、ナマエの腹がきりりと引き攣って少し緊張したが、馬車から降りてきた意外な人物にナマエは驚き、探索部隊に手を引かれ降りてきた"女性"に目を丸くした。女性もこちらを見て同じように驚いて目を丸くしていたが、しばしの見詰め合いを止めたのは女性の方だった。
「リナリーちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」
その熱く、力強い抱擁でナマエの細い体をこれでもかというほどに抱き締められた。女性とは思えない程の力強さにナマエの細い体がギシギシと鳴ってしまいそうだったが彼女の開口一番に片割れの名前が出てきて「私はその双子」とすぐに言いたがったが苦しくて言えなかった。
「…っ、あ、…の…!」
微かに動く指先で女性の体を叩くと女性は思い出したようにナマエを放した。
「ごごごごめんなさいリナリーちゃん!体は、もう大丈夫なの!?」
足りなかった酸素を思いっきり吸ってナマエは女性を見上げた。
少しクセのある闇色の髪に、真っ黒な瞳、そして目の下の隈。ナマエは彼女のものであろう、地面に落ちていた藤色のリボンがついた帽子を拾い、彼女に渡す。
「初めまして、ミスミランダ。」
「…え、…りなり、ちゃん…?」
「私はナマエ・リー。リナリーとは双子です。」
自分の名前と伝えたかった事を言うと目の前の人は大きく目を見開いて、これでもかというほどに驚いた。しかしまさかそれを言って道の真ん中で倒れるとは流石のナマエも初めての反応だった。
「ミ、ミスミランダッ!?」
いつも双子だと言って驚かす立場なのに逆に驚かされたのも初めての事だった。
***
「落ち着きましたか?」
教団へと向かって走り揺れる馬車の中でナマエはミランダにブランデーを少したらした紅茶を渡した。馬車に乗る前に喫茶店を見つけて無理言って作ってもらったものだった。コーヒーだと辛いだろうし、お湯だけというのも味気ないだろう、というナマエの心遣いだった。
「ありがとう、ごめんなさいね。」
「いいえ。」
窓の奥の沈んでいく夕日を見てナマエは明日の夜には教団に着くだろうと座り直した。たくさんイノセンスを所持している今、本音を言えばもっと早く到着したいのだが仕方ない。馬車にだって限界があるし、目の前の彼女も結構疲れているように見える。状況が芳しくない今、使える戦力は無駄にしたくない。ナマエは新たな戦力である彼女を見た。
気弱そうな表情に、特に鍛えているわけでもない、ごく普通の一般女性、ミランダ・ロットー。この、目の前に座る彼女が、コムイの言っていた「新しいエクソシスト」だ。
新しいエクソシストと聞いて一体どんな戦士が来るのかと思えば、とナマエはなんだか釈然としない思いを抱きながら紅茶を飲むミランダを見つめた。少し長めに見つめたナマエの視線にミランダは恐る恐ると言った感じに微笑んだ。
「…本当に、双子なのね。リナリーちゃんにそっくりだわ。」
「あぁ、よく言われます。」
自分でもびっくりするような素っ気ない返事をした。
なんだ…?ナマエはどこか、彼女に対して冷えた感情が芽生えているのを感じた。なんだこれは。別に会って間もない彼女に気に食わないことをされたわけではないし、リナリーに間違えらたのは今に始まった事でもない。彼女のために紅茶をもらった事も別に気にしていない。しかしなんだろうこの気持ちは。とても、良くない気持ち。
「あ、あのごめんなさい…。」
黒い霧がかかったような気持ちの正体を考えているとミランダが頭を下げた。
「…はい?」
「その、失礼よね、リナリーちゃんにそっくりなんて。あなたは、あなただものね。」
本当、私ったら…、とミランダの瞳に涙が溜まり、それはあっという間に溢れた。
「ミ、ミランダさん…!?」
「わ、私やっていけるのかしら…今だって失礼な態度とっちゃって、私…!!」
「ミランダさん落ち着いて!私、気にしてないわ!そ、それに私こそごめんなさい!」
ナマエはミランダの涙に自然と口を開いていた。
「私、リナリーより目がちょっとキツイみたいだし、その、性格もあまり可愛くなくて大雑把だし、」
何を言ってるかよくわからなかった。だか、とりあえず自分はミランダの言葉を気にしていないと伝えたかった。嫌いではない。むしろ新しい仲間が増えて嬉しい、そう思っているがこの燻った気持ちはなんだ。
「イノセンスいっぱい所持してるから緊張しちゃって…!!」
きっとそうだ。そうなんだ。自分は緊張してピリピリしているのだと思い込ませた。するとミランダは涙を溜めた瞳で「本当に…?」とナマエを見つめ、ナマエはぎこちなさそうに笑った。笑えているか心配だったが目の前のミランダがほっと肩を下ろしたのを見て自分も肩の力を抜いた。
それからミランダとナマエは月が青白く光るまで互いに情報交換をした。ミランダからはアレンとリナリーがアクマの戦闘で重傷を負ったが二人は無事で大丈夫なこと、ナマエからはミランダにイノセンスについての初期知識、教団という組織についてを話をした。最初はわけのわからない言葉の羅列に泣きそうな顔をしていたミランダだが真剣に話は聞いているようだったので説明のし甲斐があった。しかし長旅での疲れが出たのか、ミランダの睫毛はゆっくりと伏せられたのであった。
ナマエは隣にある大きな古時計に寄りかかり、すやすやと眠るミランダに備え付けの毛布をかけてあげた。この古時計がミランダとシンクロしたイノセンスらしい。古ぼけた時計だがよく見れば味のある時計だ。ナマエはミランダのイノセンスに触れた。そしては瞳を閉じる。
そして、以前感じられた感覚が今はまったく感じ取れなくなっている事に小さく溜め息をついた。
(イノセンスの気配、全然わかんなくなっちゃった…。)
おかしなことだ。ついこの間までは痛いくらいに敏感に感じることができたのに。今は目の前のイノセンスがイノセンスかどうかもわからないほどに感じることができない。
シンクロ率が上がったのだろう、と最初は思っていたが、イノセンスを完全に感じることができなくなった今、そう考えることができなくなってしまった。
どこからか現れた白いゴーレムが椅子の上に両足を抱えて蹲ったナマエの傍を飛んだ。その小さな体で薄い毛布を持ち、主人の肩にかけ、そのまま主人の肩に留まる。ナマエはゴーレムの頭を撫でくすりと笑った。
「大丈夫よ。寒くないの。」
毛布をかけなくても大丈夫。なんてゴーレムに言ったがすぐに自嘲した。
(何が寒くない、よ。寒いかどうかもわからないだけじゃない。)
おまけに、疲れているはずなのに眠気も襲ってこない。目を閉じてもまったく眠くないのだ。目が冴えているのなら報告書を書けるじゃないか。ナマエはそう自分に言い聞かせ、自分の体を抱きしめた。
大丈夫。大丈夫、大丈夫。
おかしいのは今だけだ。
だいじょうぶよ。
きっと、まだ体が本調子じゃないのよ。
そう、本調子じゃないのよ。
そう、言い聞かせた。
しかしナマエに眠気が襲ってきたのはもうすぐ教団に到着するというところで、結局ナマエが馬車の中で目を閉じて眠るということはなかった。
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