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外へと繋がる扉を開けると冷たい風が体全体を包みナマエは体を固くした。コートの前を掻き集める。
「寒…っ」
体を震わすと同時に深紅の飾り紐がナマエの頭の上で揺れる。先に外に出ていたマリは小さな体を縮こまらせているナマエを笑い、新しい団服を入れた鞄をおろしナマエへと歩み寄る。
「雪が降ってまた寒くなったな。」
前を開けていたナマエのコートのボタンを大きな手で止めていき、一番上までボタンをしめるとその手でナマエの頭を撫でた。
「風邪などひかぬようにな。」
「はい、大丈夫です。新しいエクソシストとはこの宿で待ち合わせなので来るまでこの宿にいます。」
「また外に出て待っていると神田が叱りに来るからな。」
「ふふっ、それは嫌ですね。」
そう言って二人で笑っていると後ろの宿の扉が再び開き、今度はラビ、デイシャ、最後に神田が出てきた。最初に出てきたラビはナマエの頭を撫でているマリを見るとすぐに声を上げてマリを指さした。
「ユウッ!!マリがナマエに触ってるさ!」
「それがどうした。マリとお前を一緒にするな。」
「さ、差別さ…!!」
「区別だ。」
これから長期任務に移ると言うのにこの緊張感の無さはなんだろうか。隣でマリが疲れたように溜め息を吐き、デイシャが呆れたように肩を落としたがナマエはこの空気が心地良く、微笑んだ。これからまた皆と会えなくなると思うと切なくて、涙が出そうになる。
(だけど、)
こうしていると、涙よりも笑顔がこみ上げてくる。これはラビのナマエに対しての心遣いなのか、それともただの何気ないやりとりなのだろうか。まぁ、どちらでもいい。とりあえず、目が熱くならなかった事をラビに感謝した。
「いい加減にしないか二人共。」
未だ意味のない言い合い続けるラビと神田の間にマリが入り二人を仲裁する。それを二人より一つ年上のデイシャが苦笑してナマエに向き直る。
「また会えなくなるけど寂しくて泣くなよ。」
「あら、私がいつどこで寂しくて泣いたの?」
「へっ、そうだったな。」
「デイシャこそ、泣かないでよね。」
「泣くかよ。」
歯を出して笑い合い、デイシャはマリの鞄を持ち上げ、マリへと投げた。
「おい、そろそろ行くぞ。長居してたら元帥見つかんないじゃん。」
マリはそれを受け取って斜めにかけ、頷く。
「そうだな、行くぞ神田。」
「あ?…あぁ。」
ラビを睨んでいた神田は肩に置かれたマリの手でラビから視線を外した。デイシャとマリはナマエとラビに片手をあげ、ナマエとラビも手を振ってそれに応える。神田は団服の入ったトランクを持ち直し、先を歩き出したデイシャ達へと足を向け、ナマエを一瞥してから二人の後ろに付いて行く。自分に背を向けた神田達にナマエは一瞬言葉を詰まらせ、声を上げた。
「…あ、き、気をつけてね!みんな!!」
ナマエの声に三人は振り返り、デイシャとマリはまた手を振って、ナマエもまた大きく手を振った。隣で手を振っている二人とは違い、神田はただナマエを見つめているだけだった。その視線がナマエには熱く感じ、また、切なくも感じた。
(ユウ……。皆、無事で。)
これ以上、三人に声はかけられなかった。声をかけると、見送りなどできずに引き止めてしまいそうだった。再び自分に背を向け歩き出した三人をナマエは小さくなるまで見つめ、見えなくなった後、ラビは見えなくなった背中をいまだ探すナマエに明るく言った。
「さぁて、ナマエ。俺もそろそろ出るさ。」
「…え、ラビも?」
「ん、汽車の時間。」
「…そっか…。そうだよね。」
そうだよね、ともう一度自分に呟き、急に居なくなっていく仲間達に元気を失いそうになる。しかしそれは駄目だとナマエは首を振った。
(駄目!甘えちゃ駄目!!一人で立たなきゃ!)
いつまでも皆に甘えてばかりではいけない。振った首と一緒に頭の上で飾り紐が揺れ、ナマエの頭を小さく叩いた。
(……大丈夫、大丈夫だよ。)
詰まった息を小さく吐き出し、ナマエはラビに笑顔を向けた。
「ラビも気を付けてね。兄さんをよろしく。」
「おう、まかせろ。」
首を振った自分に触れずに笑い返してくれるラビはやはり優しい。ナマエはラビの手を取る。
「ラビ、」
「ん?」
「ありがとう。ここまで着いてきてくれて。」
「何言ってるさ、当たり前さ。」
「うん。当たり前でも、任務でも…一緒に来てくれたのがラビで良かったよ。」
「……そっか…。なら、どう致しまして、かな。」
ラビはナマエに微笑み返して、その手を静かに離してナマエに背を向けた。
***
昨夜降り積もった雪が暖かな太陽に照らされてキラキラと光り、ナマエは眩しげに目を細めた。一人残されたこの地で、新しいエクソシストを待つ。待っているだけだが、足は確実に前へと進んでいる気がした。
ナマエは自分のスカートの下に隠れているイノセンスに手を触れて、静かに、深く、深呼吸をした。歩き出そう。もう、寝てばかりではいけない。そう前を見据えた時だった。
「え、」
見慣れた黒がこちらへと走ってきた。足首まである黒いコートに、銀色に眩しく光るクロス、黒くて長い髪、漆黒の瞳。
あれは、
「ユウ!?」
自分の元へと走ってくる神田にナマエは慌てて駆けつけた。ナマエの前までくると神田は肩で呼吸を整え、その荒い息に長い距離を走ってきたのだとナマエは思った。それはそうだ。彼が自分の前を歩いて行ってしまってどのくらいの時間がたっただろうか。
「ど、どうしたの。」
白い息を吐き出し続ける神田の頬に触れようとナマエが手を伸ばすが、その手は熱い神田の手に掴まれ、彼に触れるというよりも、奪われた。
「ユウ…?」
一度唾を飲み込むようにして呼吸が止まって、また大きく息を吐き出した神田の手はナマエの指と指の間に自分の指を絡ませ、ナマエの手と神田の手を一つにした。そしてその手を神田は強く自分の方へと引き寄せ、ナマエは神田の胸の中に飛び込む形になった。
「は、っちょっと、ユウ!?」
抱きしめられた胸板は熱く、心臓が大きく鳴っている。ナマエは頬を赤く染めて大人しく神田に抱きしめられた。
「はぁ、…てめぇ、なんで外に出てるんだよ。風邪、ひくぞ。」
「…あ……。」
そうだった、とナマエは口端を引き攣らせたがその口元を伸ばすように神田の指がナマエの頬を包む。
「っていうか、どうしたのよ。」
まさかそれだけのために戻ったのかと神田の胸板から顔を上げるとすぐに神田の唇が脈絡も無くふってきた。
「…んっ…!?」
重なった唇にナマエはただ目を開けるしかなかった。唇は冷たいはずなのに、やけに熱っぽい。
「…っ……ん、」
いきなりふってきたわりには離れ際がやけに優しくて、ナマエの心臓がきゅうっと鳴った気がした。
「ナマエ…」
離れた唇から熱い息がかかり、くすぐったい。
「な、なに…?」
あぁ、顔が熱い。
頬が唇が頭が
あなたの、瞳が。
「行って来る。」
そう落とされた言葉にナマエは目を丸くする。
「まさか、それを言いに?ここまで?」
「あんま見るな、殴るぞ。」
神田の顔が、赤い…。
それは、その赤い顔は走って来たせい?
それとも恥ずかしがってるの?
「おいっ……」
まだ目を丸くして神田を見つめるナマエに神田が視線をそらす。すると今朝自分が結った髪から覗いた耳が真っ赤で、ナマエは思わず吹き出してしまった。
「…っふ、」
「…テメェ……。」
「…ご、ごめっ……ふふっ」
「…っち、」
そう、いつものように舌を打った神田に向かってナマエは背を伸ばした。
神田の肩に手を置いて、「何だ」と振り返った彼の唇に、触れるようなキスを、爪先立ちで。
「いってらっしゃい。ユウ。」
ちゅ、と可愛い音が鳴った。
そういえば、だいぶ彼に言ってなかった言葉だった。
「いってらっしゃい。」
「…あぁ、」
ーいってくる。
大事な、大切な人へと向けることばだ。
なぁ、さっきのもう一回しろ。
…は、…はぁ!?な、何言ってんの!?早く行きなよ!!
あと一回。
〜〜〜〜っ!!はやく行きなさいっ!!!!!!
−42終−
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