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「大丈夫?痛くない?」
絡まることのない髪を櫛ですき、一つにまとめる。
「ん、もう少しキツくてもいい。」
「…これぐらい?」
「あぁ、ちょうどいい。」
ナマエは片方の手で神田の髪を抑え、もう片方で結い紐を手に取り神田の髪に巻き付ける。
「本当、サラサラだね。シャンプーとか気を使ってるの?」
「別に、」
「えっ、じゃぁ何を使ってこんなサラサラに…!!」
「石鹸。」
「せっ…!!」
信じられない、とナマエが目を丸くしながら(いやでも、彼からはいつも清潔な石鹸の香りがしていた。)神田の髪を結い終え、ナマエの指から神田の髪がするりと離れる。手の中から滑るように離れた彼の髪をナマエが見ていると、神田はおもむろにナマエの額にかかる髪に触れた。
「お前の髪の方が綺麗だ。」
そう、真顔で神田が言うものだからナマエは頬にぱっと朱をさした。
「へっ!?え、あ、う、うんっ…あ、……ありがとう…ございます…。」
赤い頬を隠すように机に置いてある自分のリボンを手に取り、頭の団子へと持って行くが
「…ユウ?」
その手は彼の手によって阻まれ、結ばれようとしていたリボンの代わりに神田へあげた紅い紐が結ばれた。
「こっちで結べ。」
「でも、これユウへのプレゼント…」
「貸してやる。」
「…ん、うん?あ、ありがとう…?」
虫除けである。
***
「あー…駄目じゃん…」
昼の出発に備えて各々部屋を出る準備をしていると、ずっとゴーレムをあれこれ弄っていたデイシャが溜息混じりに言った。
「どうしたの?デイシャ。」
昨日のうちに荷物をまとめていたナマエ(といってもここで新しいエクソシストと待機合流なのだが)はデイシャ近くのベッドに座り、デイシャの指に止まるゴーレムを覗き込む。
「あー、なんか俺のゴーレム調子悪いっぽい。」
「本当?」
見せて、とナマエが手を伸ばすとその手にデイシャのゴーレムがふらふらと飛び移る。飛び移るとゴーレムは可哀想なくらいぐったりと羽を垂らした。
「…やだ本当…、壊れちゃったのかな?ラビ、ごめん。宿の人に工具箱借りてきてくれるかな。」
まるでペットにするようにゴーレムの背を撫でるナマエにラビは少し驚いた口調で言う。
「…いいけど……。ナマエ直せるの?」
「うーん、応急処置程度なら。」
「さすが室長の妹。」
やるじゃん、とデイシャに口笛を吹かれナマエが苦笑する。
「違うよ。アジア支部に居た時…」
『ーアジア支部で預かっているんだ。オレ様の顔に泥を塗らないよう、オールマイティになれ。』
「って言われてできるようになったのよ。」
にっこりと笑うナマエの後ろに暗い影が出現し、これ以上聞いてはいけないと皆は口を閉じた。
「バクさんのお陰で一通りできるようになったけど、スパルタ教育のせいで教わった事のほとんどは嫌いになったわ…。」
ふふっとぐったりと笑うナマエの生気がどんどんと無くなっていき、このままでは負のオーラに巻き込まれそうだとラビはドアへと逃げた。
「お、俺、工具箱借りてくるさぁー。」
ラビが出て行った音にトラウマ(?)から返ったのかナマエが顔を上げ、残された三人は内心、安堵の息をついた。彼女が幼い頃にいたアジア支部というのは一体どういうところなのだろうか。
「で、俺のゴーレム直りそう?」
「完治は無理かな。よく見たらデイシャのゴーレム、型が古いみたいだから。」
「そっか…ま、それでもいいよ。頼む。」
うん、と頷いたナマエの隣でマリが笑う。
「昨日の雪合戦が祟ったか?」
そうだ。そう言えば彼らは昨日外で雪合戦をしていた。水でも入っちゃったかな、とナマエはゴーレムの背を撫でながら聞いた。
「結局どっちが勝ったの?」
その言葉にデイシャが茶目っ気たっぷりの口端を上げた。
「俺に決まってるじゃん。ラビとかアイツ馬鹿じゃん。持ち上がらない程の雪玉作ってさ、……で、その間に当ててやった。」
「ハッ、ガキじゃねぇんだから。」
「しゃーねぇよ、豪快と書いてラビと読むじゃん?」
今度バンダナに「豪快」と文字が入ってあるやつ買って来ようぜ、とデイシャが言い、ナマエは小さく吹きだして笑った。
「いいかも、それ。」
ナマエが笑うと他の三名もつられて笑い、廊下から重たそうな金属が入った箱の音と足跡が聞こえて四人は一生懸命緩んだ顔を元に戻そうとした。
「持ってきたさぁ………って何笑ってんの?」
***
「よし、大丈夫かな。」
ナマエが手のひらを開くとデイシャの、逆三角形に近いボディをしたゴーレムが元気よく飛んだ。ゴーレムの分解に始まり、修理、構築、終わりの完成まで見ていた四人が感嘆の声を上げる。
「すげー…直ったじゃん」
飛び回る自分のゴーレムを目で追いながらデイシャは言った。
「んー、本当に応急処置だからまた少ししたら悪くなっちゃうかも。」
「まじで?」
「うん…。あ、デイシャに新しいゴーレムを用意してもらえるよう本部に連絡しとくよ。」
「おー、頼む。」
自分の頭の上を飛び回るゴーレムを少し満足げに見ているナマエを神田は優しげな目で見つめ、また少し、寂しげに見つめた。
また、会えなくなる。
せっかく会えたというのに。
神田はナマエから目を外して小さく溜息をつく。
仕方のないことだ。自分達はエクソシストで、戦えるのならば戦わなければならない。この団服を着ている限り。
それに、ナマエがエクソシストとして頑張るのなら、自分は彼女を守るためにも戦おう。
ー白くて儚くて、悲しくて、寂しくて、何よりもいとおしい彼女のために、この刀を振るおう。今度こそ、お前を守るために。
「神田、」
お前の手から、その深紅の飾り紐を受け取るためにも。この華奢な手の元に帰ってこれるように。
「ん、」
「出る準備はできたの?」
「あぁ。」
「新しい団服は持った?」
「持った。」
「汽車の切符は?」
「ある。」
「お金は?」
「大丈夫だ。」
「ハンカチは?」
「マリが持ってる。」
「優しい心は?」
「……………………………、」
「……………………………。」
どう答えろというのだ。
ナマエはじろりと睨んできた神田にくすりと笑い、神田の胸板をポンと叩いた。
「ふふっ、大丈夫だよね。神田には常に持っているものだものね。」
「なぁに言ってるさ!」
兎が跳ねるように二人の視界にラビが入り、ラビはナマエを後ろから抱きしめた。
「ユウが優しいのはナマエだけさぁ♪」
「なっ、離れろこの馬鹿ウサギ!!」
「ちょ、か、神田!痛い!肘引っ張んないで!!」
「ナマエが痛がってるさ!やめろユウ!!」
「テメーがコイツから離れればいい話だ!」
「痛い痛い痛い痛い!!」
ラビの腕の中にいるナマエを引っ張る神田の姿は歳相応、いや、それ以下かもしれない。マリとデイシャは顔を見合わせ、彼女の前だけでは表情豊かな弟弟子に苦笑した。
「離せ!馬鹿がさらに馬鹿になる!」
「なっ!?どういうことよ神田!!」
「これ以上馬鹿になったら困る!」
「はぁ!?何よこのパッツン!!」
「んだとチビ!!」
「バカンダ!!」
「団子頭!!」
「ちょ、何急に夫婦喧嘩…」
「「うるさいっ!!」」
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