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「新しいエクソシスト…。」


古いスプリングに身をまかせベッドにぼすんと座った。ぎしぎしとスプリングが落ち着くと、外ではラビとデイシャが降り積もった雪で雪合戦をしているのが聞こえてくる。それをナマエはベッドからぼんやりと眺めていた。


(……新しい、エクソシスト。アレンのほかに、任務中に、シンクロして……、)






『役立たず』





「っ!!」


水の中に小石を落とすように、耳に残ったあの言葉がナマエの胸を抉る。思い出すだけでまるで発作のように心臓が痛くなりナマエは胸を抑えた。


いやだ
いやだ、
またそう言われるのは嫌だ。

アレンは、アレンはもとからエクソシストだったけど。

でも今回の新しいエクソシストは?
今回の任務でシンクロした。

シンクロして、「エクソシスト」になった。

なんで?なんでそう簡単にシンクロできたの?

私は、

私はこんなにも苦しんでいるのに…!!


はあ、と絞り出すように苦しげに息を吐く。
大袈裟に首を振り、じくじくと胸を襲う痛みにナマエは呼吸を整える。


(…いやだ、…私…、最低だ。)


下唇を思いっきり噛み締め、ナマエは目を瞑る。



でも、思ってしまうのだ。

新しいエクソシストが私よりも戦えたらどうしよう。

私のほうが、先に教団にいるのに、

私よりも戦えて、私、いらない、って言われたら、

ナマエは役立たずだから、いらない、って言われたら…

ただでさえ、今の私は────





「入るぞ。」


ドアをノックされ、自分の名前を呼ばれてナマエは顔を上げた。


「っ……、」

「…ナマエ?」


ドアの向こう側から聞こえた低い声にナマエは慌てて立ち上がり、近くにあった鏡で自分の顔を確認してからドアを開いた。泣き出しそうな気弱な表情を打ち消す。精一杯普段の顔を思い出し神田を出迎えた。


「…あれ?新しい団服着ないの?」


ドアを開けると団服を羽織った彼がいたのだが、羽織っているものが自分の届けたものではないことに首を傾げる。


「あぁ、まだこれも着れる。これが着れなくなったら着るつもりだ。」

「そっか。」


神田を部屋に入れ、ナマエがベッドに腰掛け、神田がその前に立った。外からはデイシャとラビがまだ雪合戦をしている声が聞こえた。マリの笑い声も聞こえる。
ナマエの前に立った神田は何かを言おうとして口を開くがすぐに打ち消した。さらにナマエをじっと見たり、かと思えば窓へと視線を逃がしたり、でもやっぱりナマエに視線を戻したり、と目が一箇所に留まる事は無かった。


「どうしたの?」


なんだか落ち着かない神田にナマエは首を傾げる。何かを伝えたいのだろうが、なかなか切り出せないようだ。こういう時はわかりやすい彼の姿にくすりと小さく笑ってしまいそうだが、笑うと更に何も言い出せなくなるのは知っていたので焦らせないようにナマエは彼の言葉を待った。
しばらくすると、神田は団服のポケットに手を突っ込んだまま何度か咳払いした後、ナマエの目の前にポケットから出したものを突き出した。


「………………あ……」


なんだろう、と彼の顔を見詰めてからふらふらと自分の前で揺れる、見覚えのある紐に視線を落としてナマエは声を出した。

ー深紅の、飾り紐。

飾り紐と神田を交互に見る彼女に、なんだか自分から切り出す話題では無かったような気がして恥ずかしくなった神田は誤魔化すようにナマエの隣にどかっと腰を降ろした。


「あの探索部隊が、…俺に……。」

「カッシュ、が?」


カッシュ、と呼び捨てに呼ばれた探索部隊に神田は心の隅で苛ついたが今はそんな事を思うためにここに来たわけじゃない。神田はナマエの手をとって、その手のひらに飾り紐を置いた。


「……これは、あきらかに男物だよな。」


少し恥ずかしげに切り出した神田に、ナマエは頬を赤くして小さく頷いた。


「う、…うん…。」

「…俺に、…って思っていいのか…。」


手のひらにのせた飾り紐ごと、華奢なナマエの手を神田が自分の手におさめる。


「ええと……、う、……はい…。」


こんなつもりで、こんな状態で渡すつもりではなかったのに、まさかプレゼントを渡そうと思っていた相手からプレゼントを言い当てられたナマエは自分の頬がほんのりと赤くなるのを感じた。
そろりと顔を上げると目の前には神田の顔があって、ちょうど神田も落とした視線をナマエに戻したようで、ばっちり互いに目があった二人は慌てて視線を外した。……なんだか、とても気恥ずかしい。昨日再会したばかりだろうか。まだ神田がすぐそこにいるという距離感がなんとなく、難しい。


「あ、あのね、任務、で、お店で、その、…ユウに、似合うなって、思って、」


この訳のわからない気恥ずかしさをなんとか追い払おうとナマエは喋り出そうとしたが、出てくるのは単語に近いものばかりだった。


(あぁっ、な、なに、もうっ…!)


少し目線を持ち上げれば再び神田と視線が絡み、神田の漆黒の瞳にやけに焦っている自分の姿が映り、自分はこんなにも顔を赤くしているのに目の前の神田が至って冷静に見えて(実際のところはわからない)悔しかった。


「も、もらってくれる…?ユウに、買ってきたの…。」


最後の方は目を見て言うのが耐えきれなくなって視線を落としてしまった。落とすと今度は神田の手に包まれた自分の手が視界に入って、結局は頬が更に熱くなっただけだった。


「……………………………。」

「……………………………。」

「ユ、ユウ…?」


ーどんな文句を言われてもいい。いつも自分に何かをくれるあなたに少しでも喜んでもらいたい。
そんなつもりで渡したのだが、何も返さない彼にやはり趣味に合わなかったのだろうかと不安に思ったのだが、切り揃えられた前髪からやけに熱っぽい彼の瞳が見えた。ぎゅ、と包まれた手の力が少しだけ強くなる。少し潤んだように見える神田の瞳に目を奪われていると、一文字に結ばれた唇が、そっとナマエの唇と重なって、離れる。


「もらってやる。」


離れた唇から出た言葉はなんとそんな言葉で、でもなんとも彼らしい言葉にナマエはほっと顔が綻んだ。


「…ありがとう。」

「おう。」


なんだか言うセリフが逆だな、と思っても相手が彼だから仕方がない。


「でも、今は受け取らない。」

「…え?」

「今は、任務中だから。これが終わったら、また俺にくれ。」


包まれた手を解放して、神田は深紅の紐を手に取る。


「また、もらってくれる?」

「当たり前だ。モヤシにやったら殴るからな。」

「アレン、よ。ちゃんと呼んで。それと、それはユウのために買ってきたんだもの。もらってくれなきゃ困るわ。」


ナマエの言葉に神田は頷き、おもむろにナマエの頭に手を伸ばした。しゅるりと団子を結んでいるリボンを解いて、手際よくその深紅の紐をそこに結び直した。彼女の髪に深紅の飾り紐が揺れる。


「お前には、地味、だな。」

「……そうだね。」


近くにあった鏡でナマエの頭を映して、覗きこむようにしてそれを見た二人は微笑んだ。


「でも、いい色だね。」

「あぁ。嫌いじゃない。」

「うん、そうだと思った。」


また渡すまでお前がしていろ、ということだろうか。鏡の中で揺れる髪紐にナマエは気分を良くしたが、男物の髪紐を女性がつけるというのはつまりそういう意味なのだが、付けられたナマエはその意味に気付いていない。
神田はナマエの飾り紐を指でいじり、ナマエの頭に鼻を埋めた。
懐かしい甘い香りは、神田の脳を、心を、体を満たす。香水でもソープの香りでもない、ナマエだけの香り。
この甘い香りはどこから香っているのだろう。神田はその香りを胸に吸い込みながら、うっすらと目を開いて口を開いた。懐かしい甘い香りはいつも、何か愁いを帯びている寂しい香りがする。


「……お前、何か隠してるだろう。」


優しく抱き寄せられた腕の中でナマエはぎくりと体を硬くした。
神田は先程までの会話を続けるかのように飾り紐をずっといじっている。あまやかな雰囲気を感じていたナマエの胸が途端に冷えきった。


「………何かって、何?」


抱かれていなければ、ナマエの動揺した顔は神田に気付かれていただろう。
ただでさえ震えだしそうな声を抑えるのが難しい。
普通に答えたはずだとナマエはどくどくと鳴る心臓を心の中で叱った。
鳴るな。鳴るな。聞こえてくる、自分の心臓。


(まさか、そんな、もう気付いた…の…?私の体に、異変が、)


「ーさっきの、新しいエクソシストの事だよ。」


言われた言葉に、ナマエは肩からどっと力が抜けるような安堵を覚えた。
そして見付からぬよう、小さく息を吐いた。あぁ、そっちの方か、と。


「な、…なんで…?」


でも、それでも、驚いた。
だって、いつも通りに彼を出迎えたはずなのに。いつも通りに彼と話したはずなのに。それでも自分の心の不安さを彼は見抜いてくる。


「俺は、確かにあの兄妹よりはずっと側にいない。だけどこの一年、お前の側にいたのは俺だって、思ってる。」


舐めるな、と小さく耳打ちされて、ナマエはきゅっと目を瞑った。
隠している心を見透かされているようで怖いのに、嫌なのに、それがとても嬉しいと思える。


「ゆう、」

「一人で抱え込むなよ。俺が、いる。」


その優しげな瞳に、その逞しい胸に、その暖かい腕に、何度甘えてさせてもらっただろう。
彼に包まれると、今、自分が悩んでいる事がとてもちっぽけに感じる。一人で抱え込んでいると抱えきれないのに、その抱えきれない部分を大きな手が優に包んでくれる。その手に、あと何度甘えさせてくれるだろう。


「新しい人が、私より戦えたらどうしようって思ってた。」

「で、『自分がいらないって言われたらどうしよう』って?」


そう聞いてくる彼に笑ってしまうのは、彼の腕の中にいて、ひどく安心している自分がいるから。

ーねぇ、本当に、


「私はユウに何をあげたらお返しになるかな。」


そう私は聞くけど、優しいあなたはこう答えるわ。


「オレは、お前がいればそれでいいんだよ。」


私には、もったないすぎるほどの、人。

ユウがそう言うなら、私はあなたに全てを捧げよう。


ねぇ、

だから、

こんな体になってしまった私を嫌わないで。



−41終−


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