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海の向こうはアクマの大群だった。
張り巡らせたマリのイノセンス、聖人ノ詩篇−ノエル・オルガノン−の上の上。銀色に輝く弦の向こうにアクマ達はいた。斬っても斬っても、斬り伏せても次から次へと襲い掛かるアクマの砲撃に神田は舌を打った。どうしてこんなにアクマが大量発生しているのか。考えながらも六幻を振り払うのだが、アクマの数は減ったのか増えたのか良くわからない程だ。
「神田!飛べ!」
目の前のアクマを斬り捨てたところ、マリが両手のリングから新しい弦を伸ばしながら声を上げた。一瞬何を言われているのかわからなかったが、伸ばされた弦の先を見て理解する。すぐさま神田は高く跳躍し、マリのイノセンスに足掛ける。するとマリが弦の張りを少しだけ和らげ、すぐに強く引き直す。足を掛けた神田の体は弾き出されたように高く高く空に飛び上がり、そして。
「界蟲、一幻!!」
空を覆いつくしていたアクマの大群に向け、それを放つ。蟲型の剣気が食い尽くす様にアクマに飛んで行き、空に盛大な爆発音を響かせる。連鎖するようにアクマは大破していき、神田が小さな音で着地し六幻を収めた時には夥しい毒ガスだけが空に蔓延していた。それを吸わぬよう袖口で鼻と口を覆いながら、マリと神田は元帥の元へと戻った。
「お疲れ様。二人共また強くなったんじゃない?」
「ありがとうございます。」
アクマとの戦闘時、ここに居てくださいと残されたティエドール元帥は二人の見事な戦いっぷりに父性を感じさせる笑みを浮かべた。素直に返したのはマリだけだが、神田も無視は出来ないようで小さく頭を下げた。
「マリの反応も良かったし、六幻の切れ味もまた上がったね。」
「はい。神田の六幻は、教団のエクソシストの中でも指折りかと。」
「だろうね。ところで、弦で高く飛ばすのは?」
「あれは…、ナマエが。」
「…ナマエが?」
「……………」
「……………」
「…〜〜〜ッ、ナマエが何だよ…!!」
神田を空高く舞い上げたあれはおもしろかったとティエドールが言い、先程までまるで興味無さそうにしていた神田がその名前に反応する。その反応の仕方がおもしろくも極端で、二人はつい神田をじっと見てしまうのだが、彼は誤魔化すよう、舌を打ちすぐに背を向けてしまった。
「あれは…、ナマエが最初にやり始めまして。」
「へぇ、身軽なんだね。」
「彼女はすごく…。今みたいに弦に足を掛けて飛んでると音が一つ一つ踊るように聞こえます。」
「そう。…そうなの?」
「俺に聞かないでください。」
「えー、だって知ってるんでしょ?そういう関係なんでしょ?で、どうなの、どういう子なの?」
「元帥、そこまでにしてやってください。神田がブチ切れそうです。」
「……………」
収めた六幻をおもむろに抜き、その刀身をギラつかせた神田。
「元帥、」
しかし刀身はティエドールに向けたのではなく、むしろ神田は元帥を自分の後ろに下がらせた。マリもゆっくりと指に填まったリングを光らせ、神田が六幻を構える。高く、上段に構えた姿勢から肘をゆっくりと引いていき、空気を切り裂くよう、六幻が突き伸ばされた。その先にいたのは。
「ちょっ、ちょーっと待って待って待ってぇー!!」
「神田ッ!」
「!」
その先にいたモノの声を聞いたわけじゃない。元帥が強く神田の名前を呼んだから、切っ先がそれを貫かなかったのだ。六幻の切っ先すれすれにいるモノ、それは、一体のアクマだった。
尻に大きな針が付いた、蜂型のアクマだ。ボール型じゃない時点でそれがレベル2以上だというのがわかる。蜂らしく尾から胴体に向けて縞模様を見せ、その上に紅を塗った女性の唇。しかしそれは別物なのか顔は別にちゃんと存在している。四本の手には尾と同じ縞模様のボールのようなものを抱えている。何処か愛らしさを含んだ尖った触覚…というよりも角があり、背にはきちんとそれらしく小さな羽根が四枚あった。
「あー危なかったぁ…」
「動くな。」
「う、動いてない!動いてないから!!」
突きつけられたイノセンスが目の前で止まったからか、蜂型のアクマは息を吐いたがすぐにぎりぎりの所まで吐き付け直される。少しでも動いたらずぶりといってしまいそうだ。
「さっきのアクマの残りでしょうか…。」
「いや、違うんじゃないかな。」
神田に続いて、ゆっくりとマリ、元帥が近寄る。この距離でアクマが二人を襲おうとしても、やはり神田にずぶりとやられてしまうだろう。そうでしょう?とまるで知人のように元帥が蜂型アクマに首を傾げるとアクマはこくこくと頷く。
「う、うんうん!オイラ、クロス・マリアンの使い!」
「元帥の使いがアクマなわけねェだろ。」
「あーっ!やめて!斬れる!斬れちゃうその距離!!」
「嘘つくならもっとマトモな嘘つけよ、オラ。」
「ぎゃーっ!!ホント!ホントだってばー!!」
「神田っ」
これでは話にならない、と元帥が嘆息したのが聞こえ、マリが神田を収める様言った。神田は渋々と言った感じで六幻を収めるが、その六幻から手を離すことはしなかった。いつでも一息でアクマを破壊できる距離、間合いにあった。
「マリアンの使いってのは本当かい?」
「だから本当だって。オイラはクロス・マリアンに改造されたアクマだよ。」
「あ?適当なこと言ってると殺すぞ。」
「ぎゃーっ!」
「マリアンはできるよ、アクマの改造。」
「!?」
「そんなことが…!」
目力で殺さんばかりの神田の気だったが、元帥の一言によりそれは消え去る。マリが驚いたように声を上げていたが、流石の神田も目を見張った。アクマの改造?そんな事ができるのだろうか。しかし、目の前のアクマと元帥が言った。その存在が、証明だと言うのか。
「で、マリアンの使いが何のようだい。」
蜂型のアクマこと、改造アクマは手元のボールを遊ばせるよう四本の手で転がしながら、アクマにしては随分と愛嬌のある顔を歪めた。
「お前ら、この海の向こうに行きたいんじゃない?」
海の向こうは、『日本』と呼ばれる小さな島国だった。
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