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「バク支部長〜〜〜」
ほんとよかったなーお前ー、とフォーに言われる横から何人かの声がした。白衣を着た三人の男女にすぐ科学班だとわかるも、どこかその白衣は新しく大して草臥れてもいない。
「アレン・ウォーカーの左腕、今から復活するんですかー?」
ふと、自分の名前が出てきてアレンはその三人に目を留める。一人は随分と上背のある、体格のいい青年だ。白衣を腕の付け根のところまで捲りあげ、科学班には似合わない若々しい筋肉がそこから見える。次に視線を下げると、先程自分の名前を口にした少女だ。左右にぴょんと伸びる三つ編みが愛らしく、掛け直した丸眼鏡から見える瞳も黒々としていて可愛い印象を与える。そして最後に、なんともちぐはぐなバランスをまとめるような細見の青年。きっちりと着こなした衣服からは一番科学班らしい雰囲気を持っているが、きりっと上がった細い目はとても若い。
「何だ、キミ達。仕事はどうした。」
「見学さしてくださいよぉ♪オレらまだ入団したばっかでイノセンスちゃんと見たこと無いんス♪」
「科学者として今後の勉強のためにも是非。」
随分軽い口調でバクに話し掛けるのは李佳(リケイ)、その隣でやっぱりと思うきっちりした言い方をしたのはシィフ。三人皆、科学班見習いだと横でウォンが教えてくれた。
「少年エクソシストはどこですかぁ〜」
そして、と李佳の後ろからひょこっと顔を出した眼鏡の少女は蝋花(ロウファ)というそうだ。
ぱっちりと合った目にアレンはにっこりと笑ってみせた。
「はじめまして。」
瞬間、
ぶわっと蝋花の周りに幾つもの花が咲き誇った。いや、実際に咲き誇ったのではない。咲き誇ったように見えたのだ、蝋花の頬が赤く染まった瞬間に。
(ストライク…!!!)
しか言いようがない。
頬を抑える蝋花の姿を咳払いで流し、バクはアレンに向き直った。
「しょうがないな。構わないかい?ウォーカー。」
「はい?」
バクの後ろで李佳がよっしゃ!とばかりにガッツポーズしたのを見ながらアレンは首を傾げた。
「今からこの散乱したイノセンスを発動して対アクマ武器に戻すんだ。武器化さえできれば、キミはまた戦えるだろう。」
***
部屋の中心にアレンが立った。
科学班の面々は部屋の壁際でその様子を見守っている。拡散したイノセンスの霧が立ち込める空間でアレンは意識を集中させるために大きく深呼吸をし、閉じた瞳を大きく開ける。
「よし!」
霧のようにそこに消えず存在しているイノセンスが、アレンを見下しているようだった。これから何をするのだと、こちらを窺っている気がした。アレンは心で呼び掛けるよう、イノセンスに小さくごめんなと呟いた。そして、もう一度自分と戦場に戻って欲しい、と。
今度は 負けない。
息を大きく吸った。声を張り上げ、あの感覚を思い出す。自分の左腕に、神の結晶があったことを。
「発動!」
大気が震える。違う、霧となったイノセンスが震えているのだ。霧がまるで、そこにあった場所に戻るようアレンの左腕へと集まり形を成そうとしている。
「おおっ!イノセンスの粒子がウォーカーの元に集まってくぞ!!」
興奮したように言う李佳の隣で蝋花は息を呑んでいた。またその隣のシィフは信じられないといった顔だ。わからなくもない、こんな光景、誰が見たことがあるのだ。あれがウォーカーのイノセンス、と鋭い爪が形を見せてきた。そこから結合部の左腕へと伸びていく。
「戻れ…っ!!」
光った。
彼の左腕に埋め込まれたクロスが、形を作って強く光る。そこから猛禽類を思わせる程鋭い爪が伸び、銀色に輝く鋼の左腕が、今。
「やっ…」
やった、と声を上がる前だった。
「!?」
元の形を成したアレンのイノセンスが、爪先からすっとその存在を薄くし、砂を撒くよう霧散した。
「えっ…?」
サァァ、と虚しく散っていく音に理解が遅れる。高く上げた左腕にあるべきはずのイノセンスは、ない。一瞬だけ晴れて見えた室内の霧ことイノセンスは再びそれを作るように部屋を曇らせた。完全に、粒子に戻ってしまっている。どういうことだとアレンが考える前にバクが慌てて声を上げる。
「も、もう一度だウォーカー!!」
「は、はい!」
そうだ、もう一度!最後の最後で気を緩めたのがまずかったのかもしれない。見習い三人から頑張れとの言葉を受け取りアレンはもう一度左腕を高く掲げる。
「発動!!」
しかし、
「発動!」
「発動!」
「発動!」
「……!」
何度も何度も繰り返しても、部屋の霧は晴れることがなかった。
「おかしいな。なぜ粒子に戻るんだ…。発動すれば武器化するという考えが安易すぎたか?」
「いやでもシンクロは出来てますしぃ」
「体から離れてるためにコントロールが上手くできないんじゃないかな。」
「まさかもう戻らんのじゃ……?」
一時間後、未だ部屋に形を成さずあり続けるイノセンスに科学班の面々は各々考察に入っていた。その横には、息を上げているアレン。あまりにも息が上がり過ぎて途中噎せてしまいウォンが心配そうに団扇をあおいでいてくれている。フォーはそんなアレンを屈んで見ているだけだ。
「あきらめないぞイノセンス…っ」
膝に手をつきながらもアレンは倒れ込むなどしなかった。一応起きたばかりで本来なら寝ていてもおかしくはないのだが、生憎今の彼にそんな時間など無かった。
「絶対発動して、みんなの所に戻るんだ!」
戦場で戦っている、みんなの元へと、早く、早く。
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