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「復活…?左腕を、取り戻すことが出来るんですか………!?」
「ああ」
「ホントに…っ!?」
身を乗り出したアレンにバクは優しげな笑みを浮かべた。イノセンスを取り戻せることがわかって嬉しいのだろう。アレンの顔は期待と喜びでいっぱいだった。戦場に身を置くことで自分の存在意義を立てるなんて、エクソシストとやらはどうしてこうも自分を追い詰めるものなのだろうとバクは内で苦笑する。歩み続けることを父に誓ったなんて、休息もたまには必要だろう。
「とりあえずここは冷えるから…」
しかしそれをさせるのは自分の手腕にかかっているということだ、とバクは笑みを浮かべながらあちらへと手を向けるのだが、つんざくような絶叫に言葉は遮られる。
「見つけたぞテメェ!!」
続けてけたたましい足音が近付いてバクが振り返った時だった。視界に少女が映ったかと思うと自分の脳天と首が内部で鈍い音を響かせながら体が横へと弾き飛ばされた。
「何勝手に病室抜け出してやがる!!」
アレンの目の前を、バクがボールか何かのように蹴飛ばされ壁に勢いよく当たった。風を吹かせたバクの体は壁にぶち当たると本当にボールのようにバウンドし、べしゃりと落ちた。一瞬アレンには何が起きたのかわからなかったが、バクの立ち位置から入れ替わるようにして仁王立ちした少女、この子がバクを蹴り飛ばしたのだというのはわかった。というよりそれしか理解できなかった。
「エクソシストだろうがウチにいる以上勝手な行動は慎みな!大体テメェ起きたんならまずあたしに挨拶だろ!」
仁王立ちした少女は、少女にしては随分際どい格好をしていた。10歳くらいだろうか、それぐらいに見える勝気な目はキャラメル色だ。同色の髪は菫色の、両脇からコードを垂らしたような珍妙な形の、帽子から前髪だけ出ている。金色のチョーカーに袖口が膨らんだ卵色の上半服に胸当てをしていて、下はかなり際どいところまで短く小さくされた水着のようなものを着ていた。あまりにも不思議な格好すぎて際どさを忘れてしまう。
「あたしはお前を竹林からここまで運んでやったんだぜ!」
どん、という効果音が相応しい程見事な少女のニ王立ちの後ろでは、体格の大きい男性が血を流しながら倒れているバクの名前を叫んでいた。白眉に豊かな白髭を生やしたその男が駆け寄るとバクは途切れた意識を取り戻したかのようにがばりと起き上がり、血をだくだくと流しながら吠えた。
「オレ様を蹴飛ばす意味がわからんぞ!」
(「オレ様」?)
「ホラ、テメェ挨拶しろよ!」
「貴様無視かぁーっ!!!」
自分が今の今まで話していたバクという人物はこんな人だっただろうか。もっと知的で茶目っけのあるような感じがしていたが…、と思い浮かべるアレンの前にいるのは蹴られた少女にキーッと声を上げているバクだった。しかしそんなバクにお構いなしに少女は「白髪の!」とアレンを指さし、白眉の男が興奮するバクを取り押さえ、実は随分賑やかな場所に来てしまったのかもしれないとアレンは思った。
「たっ、助けてくれてありがとうございました。…えっと…?」
「フォーです。彼女の名前は『フォー』。ここのアジア支部の番人です。」
竹林から、と言っていた少女にまずは礼を述べたアレンだが礼を言う前に少女の名前を知らない。そうお礼ついでに少女の名前を探るのだが当人はただアレンを見下しているだけで、隣でバクを取り押さえる男が教えてくれた。
「私はバク様の補佐役のウォンにございます。」
ウォンと名乗った男はキーキーと声を上げるバクを押さえながらも、優しげな笑みを浮かべた。
「お元気になられて本当に良かった、ウォーカーくん。」
その言葉から滲み出る優しさに、温かさに、アレンの口元は、綻ばざるをえなかった。
「ありがとうございます。」
そして、自分が思った以上の情けない声が出てしまった。だって仕方がない。生きていることが、嬉しかった。
「僕を助けてくれて本当に…ありがとう。」
再び歩けることが、嬉しかった。
***
「えっ、地下なんですかここ!?」
カツンカツン、と4人が歩く足音が響くそこは驚いたアレンの声も響いていた。バクを先頭にウォン、アレン、最後にフォーが続いてアジア支部内の奥に進んでいた。
「昔、ただの洞窟から先人達が掘り進めて造られた巨大な隠れ聖堂なんです。今現在も拡大していて総面積は本部よりもありますよ。」
言われて見上げるも、天井はずっと高い。石造りのここは一見朽ちているように見えるが造りはしっかりしていて頑丈だ。階層から光があちこち溢れている。本部が縦長だとすれば、ここは横長といった感じだろうか。広すぎて奥がまったく見えない。
「迷わないよう気をつけろよ、ウォーカー。昔、二週間迷子になって餓死しかけた奴とかいるから。」
「えっ、ウソ…!?」
後ろからフォーがひひひと笑ってぞっとした。街を歩いていて迷子になることはしばしば、いやしょっちゅう。迷子のプロといってもいいアレンにその情報はシャレにならなかった。
「おしゃべりは止めにして入りたまえ!」
無駄口はそこまでだと先頭のバクが咳払いと共にとある部屋のドアに手をかけた。その表情から微かに汗が滲んで見えるのは気のせいだろうか。それを流し見ながらも、開かれたドアに促されるように入ったアレンを待っていたものは。
「!?」
白と呼ぶには薄すぎる靄がアレンの体を包んだ。まるでその靄を外に出さないよう扉はすぐ閉められ、部屋一杯に広がる靄にアレンはこの部屋は一体何だと目を見張った。
「煙…じゃない…何ですかこれ…?霧!?」
煙にしては吸い込んでも苦しくない。匂いもない。かと言って部屋に霧が立ち込めるものだろうか。
「これがキミの左腕だったイノセンスだよ。」
「えっ、ええっ!!?この霧が?」
「霧ではない。形を無くし、粒子化しているんだ。」
バクからの驚愕の事実にアレンは声を上げるも、アジア支部の面々は顔色を変えない。ここにきて嘘でした、なんてことはないだろうが、なんとも信じ難い。包帯が巻き直された右手でその霧、いやイノセンスに触れてみても何もない。ただそこからさらさらと通り抜けるだけだ。
「通常、粒子になるまで破壊されればイノセンスであっても消滅する。だがこのイノセンスは消滅しなかった。それどころかキミを助け、今もなお神の結晶としての力を失わずにいる。」
同じく粒子化したイノセンスを見上げるバクの隣でフォーが溜息交じりに続けた。
「お前を竹林から運んだ時も、この霧がお前を守るみたいに周囲に満ちてたぜ。おかげで前が見えなくてここに帰るの苦労したんだ。」
その時イノセンスだと気付いたとフォーは言い、アレンはこれらが本当に自分のイノセンスなんだと、未だ信じ難くも徐々にその事実を受け止めていく。
「こんな状態になっても生きてたなんて…、どうして僕のイノセンスだけ………?」
「残念ながら我々の科学じゃそこまではわからない。」
そう言ったバクだが、何処かその言葉を嬉しそうに口にしていた。科学者とは常に未知なるものを追い求めるものなのだろう。
「コムイですらこの事は予想の範疇を超えてたらしい。珍しくあの男が非科学的な事を言っていたよ。」
バクは先程聞いたコムイの言葉を思い出す。何事も冷静に分析するあの男が、奇跡だなんだと繰り返し、なんて非科学的なことをと思うも、そうしか思わせないアレン・ウォーカー自信の存在。
『あの子は、アレン・ウォーカーは特別なのかもしれない。』
神に愛された存在なのかも―――
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