咎落6

やっと気に入った場所を見付けたのか、ナマエはようやく腰を下ろした。フォーもその横にならって座り、小さい体を抱きしめるよう座ったナマエにぽつりと聞いた。


「なーナマエ。」

「うん。」

「お前、バクのこと嫌いか?」

「……わかんない。」

「お前、わかんないことだらけだな。」

「だって、本当にわかんない。」


わからないと続けるナマエに呆れたようにフォーは片眉だけ上げた。わからないのはこっちの台詞だ。バクの後ろにひょこひょこと付いていってバクだけに心を許したかと思えば今のこの状況。心が不安定だからと言っても、自分の気分によってこんな事毎回されてはこちらの身が持たない。


「お前さ、自分の意思とかないの?」

「いし…?」

「意思だ。こう、自分はこうしたいとか、こうありたい、とか。」


思えばここに来てから与えられることに関して「嫌だ」とかそういうのを聞いたことがない。人に対して怯えはするものの、何だかんだやれと言ったことはそれとなくこなしている。これくらいの子供だったらこれは嫌だとかキライだとか、そういう言葉の一つや二つ、出てきてもいいんじゃないのか(薬だって何だかんだ飲み続けているし)。


「…わかんない。」

「っだー!!ウゼェな!!わかんないわかんないって!お前何したいんだよ!」

「……………あいたい…。」

「…あ…?」

「リナリーと、兄さんに、会いたい…。」


すとん、と出てきた言葉にフォーは目を丸くした。思わず立ち上がった体をまた座らせて、ナマエの表情を覗き込むようにして「会いたいのか?」と聞き直した。するとナマエはこくんと頷いて、なんだ、会いたいんじゃないかと思う。何をあんな叫び声を上げて気を失ったのか、よくわからないがナマエは本当に会いたいと思っているようだ。


「じゃぁ、どうしてあの時ぶっ倒れたんだよ。」

「夢…見た。『リナリーに会いたくないか』って言われて、連れてかれた夢。」

「夢、なのか?」

「ううん、思い出し夢…?」

「…それで?」

「連れてかれたの、バクさんと、重なった、から。」

「それで、バクもそいつと同じことすると思ったか?」

「……わかんない…。」


正直、出来るのなら殴りたい。それが駄目なら蹴り飛ばしてやりたい。いや出来る出来ない以前にいっそ殴らせて欲しい。何が、わかんないだ。何が重なっただ。それじゃ、どうしてそんな泣きそうな顔してるのだろうかこの子供は。まるで、こうなってしまった事を後悔しているような。


「わかんないじゃねぇよ、誤魔化すな。お前は、今、バクにどんな気持ち持ってんだよ。同じ事しようとしてるバクから逃げたいのか?」

「バクさんは…っ」

「バクは?」

「バクさんは……」

「バクは?」

「……そんな、こと、しない…と思いたい…。」


そう、それだ。
わからないじゃない。ちゃんと出ているじゃないか。バクとナマエを連れて行った本部の奴等は違う。ちゃんとわかっている。ただ、心がついていけていないだけだ、この子供は。記憶と心と脳すべてがちぐはぐで、だから不安定なんだ。本部に植え付けられた恐怖からバクの馬鹿みたいな優しさに触れてどうしていいのか『わからない』んだ。だからトラウマと今が重なる。

でも、そうじゃないとわかり始めている。
そこの均衡が、とても脆いだけなのだ。信じるということに、恐怖を感じている。


「ねぇ、フォー…」

「なんだよ。」

「バクさんは…、本当にリナリーと会わせてくれる…?」

「嘘をつくように躾けてはねぇよ。」

「フォーはバクさんのお姉さんなの?」

「ずっとずーっとオネエサンだよ。」


小さい頭を、殴る代わりに少し荒くぐりぐりと撫で回した。ナマエはそれに痛そうに顔を歪めたが払おうとはしなかった。


「フォー、私ね、バクさんに、ごめんなさい言いたい…。」


その後、ナマエはぽつりぽつりと小さく語りだした。毎日嫌な夢を見ること、それで皆に迷惑をかけてごめんなさいを言いたいということ、リナリーと兄に早く会いたいこと、本当はアジア支部の人達と仲良くしたいこと、でも体が言うことを聞いてくれないこと、どうしても怖い夢と今が重なってしまうこと、

バクを傷付けて、ごめんなさいをしたいということ。



咎落6




「は?バクまだ戻ってねぇの?」


かくれんぼ開始から一時間。見事逃げ切ってかくれんぼ終了のアナウンスがウォンから告げられて勝った勝ったとフォーと少し嬉しそうなナマエは手を繋いで戻ってきた。しかしかくれんぼに参加した面々を見てみるも肝心のバクがおらず、せっかくナマエの気持ちが少しだけ片付いたのにとフォーは腰に手をあてた。フォーとナマエが隠れた場所が結構な奥深くだったので戻ったら全員揃っているだろうと思っていたが。


「バクさん、どうしたのかな…」

「心配か?」

「う、うん…」


フォーの言葉に小さく頷いたナマエに内心皆は「おお…っ」と歓声を上げたが、だから肝心の本人がいない。


「大丈夫、その内戻ってくる。」


そう言ったフォーに、僅かナマエの表情が柔らかくなって、もしかして笑いかけたのではないか小さな子供の姿にウォン始め科学班の皆は胸を熱くさせながらも、だから肝心の本人がいない。

しかし最初こそフォーが言っていた通り一、二時間すればひょっこり戻ってくるだろう思っていたバクは一日経っても戻ってこなかった。もしかして他部署に掴まっているのかもしれないとその場は気にしなかった面々も、一週間経っても彼が出てこないとなると話は別になる。その後アジア支部内で支部長捜索隊が結成され、拡張工事を進める支部内奥深く、かくれんぼ中に迷子になり餓死しかけたバクが見付かったのはそこから更に一週間後のことである。


−咎落6終−


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