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木々の間を真っ直ぐと伸び続ける棒が走った。何処から始まって伸びているのかわからない程に長い。しかしその先端には若い男女が支え合うように立っていた。一人は赤髪の青年、もう一人は黒髪が靡く少女。二人共何かと戦った後のようにぼろぼろだ。


「大丈夫かリナリー!?」


おまけに少女の方は青年の腰に手を回していないとふらりと落っこちてしまいそうな程息を上げている。


「ヘロヘロさ!そんなんで…」

「大丈夫…それよりも早く…っ、早くふたりを…っ」


ずり落ちそうになる腕をラビが掴み直す。先刻、船上のアクマの大群を殲滅してすぐ、アレンを追い掛けたリナリーが大群を破壊した自分達よりもひどい怪我で戻ってきた。助けを求める声と一緒に。陽は既に落ちて上がりかけていた。昨日の血を零したような日没なんて無かったみたいだ。


「どれだけ探しても、見つけられないの…!!」


自分の背中で泣きじゃくるリナリーにかける言葉がない。浮かぶのは元気そうなアレンの顔だけで。


「…見つかるさ。」


呟いた言葉は、リナリーに向けていったのか、それとも自分に言い聞かせたのか。ラビが苦しげに口端を上げた時、イノセンスを伸ばした脇の山から爆発音が響く。何か、と目を凝らした瞬間、その立ちあがる爆煙から金色の何かが飛び出す。それが何かとわかる前に、それを追い掛けるように煙から立て続けにアクマの大群がその金色に襲い掛かろうとしている。間違いない、あれは、とラビが名前を呼ぶ前にリナリーが飛んでいた。


「リナリーッ!」


踏み込まれた反動で揺れるイノセンスの上でラビは何とか持ちこたえて空を見上げる。深く方向展開をしてみせる金色のそれは未だしつこくアクマの追尾から逃げているが、背後までそれが差し迫った瞬間、アクマのミサイルはすぐ後ろで爆発してみせた。


「ティムキャンピー!!」


空高く飛んだリナリーが金色の名前を呼んだのを見届けてラビはイノセンスを持ち直した。そして、一本の火柱をリナリーに負けじと、空高く。


***


「ティムの映像記録だと、ここでアレンと別れたみたいさ…」


アクマの断末魔を響かせ、二人はティムキャンピーが映したメモリーを頼りにアレンの居る竹林へと向かった。ティムの映像記録にはアレンがスーマンを最後まで諦めずに奮闘している姿、その後のスーマン、黒服の紳士、その男に胸を一突きにされた姿、そして、


「ノアと遭遇して左腕を壊されたあいつは、スーマンのイノセンスだけでも守ろうとしたんだ。」


ノアにイノセンスである左腕を、破壊された。
アレンがそこに居たのであろう跡は残っていた。竹林に広がる、黒い血痕。


「血の跡…、ここにいたんだ…」


リナリーはそれを指先で撫で、がくんと膝を落とした。


「でもいない…、どこにもアレンくんがいない…!」


啜り泣くリナリーの横に、一枚のトランプを落ちていたのをラビは拾った。何の変哲もないカード。何のカードだろうか。色濃く印刷されているスペードのそれは、ここにいたアレンの一部始終を、全部記録していたのだろうか。


『聞こえるかラビ』

「…何?」


ゴーレムが何かを受信した音と共にブックマンの声が聞こえた。


『港に戻れ。使者が来た。』

「使者?」


その声と言葉に思わずゴーレムに振り返って聞き返した。



***



アクマの襲撃により焼けしまった船と港からはまだ燻った煙が立ち込めていた。竹林から一度も顔を上げず黙り込むリナリーとラビは船の横の、荷物を積んだ箱に各々腰掛けている皆を見付けてそこに向かった。船は最早再起不能だが、積み込んだ食糧や必需品が何個が無事だったのは不幸中の幸いなのか何なのか。互いに掛ける言葉もなくその場に合流すると、ぼろぼろの格好した自分達とは裏腹に白い外套を頭まで被っている大男がそこにいるのに気付く。男はラビのすぐ後ろにいるリナリーを見付けるとすぐに外套奥の口元を優しく和らげた。


「お久しぶりでございます、リナリー様。」

「あなたは…アジア支部員の…」


手に掛けられた外套を取るよりも前にその深い声でリナリーが声を上げた。外套から現れたのは声に似つかわし白髪の、大柄の男だった。豊かに生やした白髭と眉毛はブックマンとは違った老熟した何かがあった。


「ウォンにございます。取り急ぎ我ら支部長の伝言をお伝えに参りました。」


自分をウォンと名乗る男は固く拱手すると一歩前に出て、先程浮かべた優しげな笑みを引っ込めた。


「こちらの部隊のアレン・ウォーカーは我らが発見し、引き取らせて頂きました。」


その報告に驚いたのはラビとリナリーだけだった。ここにいた皆は先に聞かされたようだった、傍にいたブックマンを見れば頷かれた。アレンが、生きている。無事なのだ。


「本当に…!?」

「はい。」

「彼は…アレンくんは無事なの?お願いウォンさん、今すぐアレンくんに会わせて!」


すぐに反応をみせたのはリナリーだった。リナリーはラビの横をすり抜けウォンに飛び付くようにして口元に笑みを浮かべた。しかしウォンの表情は変わらず、それよりももっと固くなり、飛び付いたリナリーを支えつつやんわりと押し返した。


「あなた方は今すぐ出航なさってください。」


口元の笑みを残しながら、リナリーの目を大きく見開かれた。


「アレン・ウォーカーとは、ここでお別れです。」


辛いと存じますが、と続けたウォンの言葉は既にリナリーには聞こえていなかった。揺れた大きな瞳からはじんわりと涙が浮かびあがり、ゆっくりと一粒一粒零れ、あとは溢れんばかりに零れた。


「リナリー、お前もティムのメモリーを見ただろ。あいつはイノセンスを失ったんだ。」


ティムのメモリーには、ノアであるあの男がいとも簡単にアレンの左腕を破壊した。そして今度こそアレンの胸を一突きにした。しかしそれは助かっていた。命は助かった。しかし、エクソシストとしてのアレン・ウォーカーは助からなかった。


「あの時点でどのみちアレンはエクソシストじゃなくなった。」


歯を喰い縛り、再びリナリーの泣き声が静かに響く。

それでも、自分達は。


「オレ達は進まなきゃならないんだ。」


足と止める術など持ち合わせていない。(持ち合わせてはいけない)


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