咎落5

毛布を小さな手で握っているのを見やりながらフォーはベッドの上のナマエに声を掛けた。具合は、良さそうだ。表情としての顔色はあまり良くないが、身体的な具合は悪くなさそうだ。


「ナマエ、元気か?」

「げんき…」

「そんな顔してる内は元気じゃねーよ。」

「そうなの…?」

「そうなの!」


先日、ナマエはバクの言葉を聞いて気を失った。その前に淵に落とされたような叫ぎ声を上げ、しかもその後に死んだようにぱったり気を失うものながらその場は騒然となった。糸が切れた人形みたいに倒れたナマエにバクは「死んだ!」「死んでねーよ気を失っただけだバカバク!!」「どどっどどどどどうしたナマエ…!!」なんて一番落ち着いて欲しいやつが落ち着かず、フォーがナマエを背中に担いで急いでドクターに診せてしばらく安静を取ることになった。ストレスと睡眠不足だった。


「お前な、ここにいる奴等に遠慮なんかするなよ?辛い時は辛いって言え。」

「……辛いって言っても、やめてくれなかったもん…。」

「………ここの奴等は本部の奴等と違う。」

「一緒、だよ。」

「あ?」


自分に実験をさせた奴等とここの奴等を重ねている、とフォーはナマエに首を振った。しかしナマエはベッド上で膝を抱え、そこに額を埋めた。


「バクさんも、結局、リナリーに会わせるからって言って、何かするんだ…わたしに……」


震える小さな子供に言葉を失った。リナリーに会わせるからと言って?本部の奴等は、こんな子供に片割れをエサにして連れてきたのか。そんな、甘い言葉を使って。ああ、だからあの時、バクを見てるようで見ていない目をしていたのか。あの時のバクは、ナマエを連れ去った人物と重なったのだろう。

(だから早いって言ったんだ…。)

この子供はまだ心が落ち着いていない。ナマエがここに来た時、すぐに思った。この子供は心を何処かに落としてしまっている。無くしてしまった。亡くして、無くしてしまった。それがバクによりちょっとだけ感情の色が見えたと思えば思う程壊れた心が戻っていき、感情が戻ってきた分だけ精神が不安定になった。これではイノセンスとシンクロしエクソシストうんぬん人間として危ないとフォーは思った。しかもバクもバクでこの件に関し、かなり落ち込んでいて、そう見えないようにしているがバレバレなのはまだまだ彼が若い証拠だった。
フォーは大袈裟に溜息をついてナマエの肩を揺すり、顔を上げるように促せた。


「おぉら、ナマエ。」

「いたっ」


そして額に指を弾かせた。


「ガキがフクザツな事考えてんじゃねぇ!」

「う…?」

「ガキはなぁ、ガキらしく遊んでればいいんだよ!」

「遊ぶ…?」

「そうだ!遊びも立派な勉強だッ!っつーことで今から、」


***


「かくれんぼぉ?」


フォーの後ろに引っ付くようにしてやってきたナマエを気にしつつ、フォーの元のそのポジションは自分だったバクはその提案に首を傾げた。一瞬ナマエと目が合ったのだがすぐにフォーの後ろに隠れてしまった事に落ち込みは隠せない。


「暇な奴等全員集めろ。コイツには遊びが必要だよ。」

「遊び、なぁ…」

「あ、バクは強制参加な。」

「はぁ!?」

「いいじゃないですかバク様。ここは私が引き受けますから、どうぞ。」

「ウォン…」


にっこりとバクの背中を押してくれたのはウォンだ。その他周りにいる班員達も「構いませんよ」と苦笑している。

(あぁ…そういうことか…)

どうやらナマエが気を失ってしばらく、二人がギクシャクしているのに気を使ってくれたらしい。班員も、ウォンも、フォーも。バクは皆の苦笑に居心地悪そうに頭裏を掻いてフォーの後ろに隠れるナマエを見下した。といっても服の裾ぐらいしか見えないのだが。


「〜〜〜わかった。やる、参加する。手が空いてるやつは参加して欲しい。」




咎落5




アジア支部内でのかくれんぼが始まった。手が空いてるもの何人かが参加してくれ、鬼もその中の誰かがなった。範囲はアジア支部内。制限時間は一時間、それ以上たっても鬼が見付けてくれなかったら勝ちと共に戻ってくること。鬼は5分待機して、それ以外はその5分内で隠れ場所を探す。隠れ場所は移動しても構わない。要は見付からなければ何をしてもいいってことだ。


「ナマエ!」


遊び、かくれんぼ、と聞いてやはり子供としての何かが疼くのか、鬼が数を数え始めた途端一目散に駆けて行ったのはナマエだった。フォーはナマエのそんな姿を見付けて少しの嬉しさを感じ思わず声を掛けた。掛けられたナマエは大きく肩を跳ねさせたがフォーを見るとほっと息をついた。


「なんだ…、フォーか…。鬼、さんかと…」

「なんだかんだ楽しそうじゃねぇか。」

「たのし、…?」

「楽しくないのか?」

「………わかんない。」


見付けた時点で思ったが随分深くまで来ているようだ。コイツこのままにしといて戻れんのか…?と不安に思ったフォーはナマエの横を歩くことに決めた。洞窟を掘り進めて造られたアジア支部は現在も絶賛拡張工事中であって足場が危険な場所も多い。


「お前さ、あたしはいいのか?」

「え?」

「最初の頃のウォンや、今のバクみたいに。避けないのかって。」

「……だってフォーは、『違う』でしょ…?」

「………何が…?」

「………なにか、が…。」

「だから、何だよ。」

「………わかんない…」

「お前、そればっかだな。」

「ごめん…。」

「謝んなよ。別に悪いこと言ったわけじゃない。」

「うん…ごめん。」

「だから謝るなって。」

「………ごめん。」

「…喧嘩売ってんのか?」

「………」

「……ナマエ?」


ふと、横を歩いていたナマエが居なくなっていた。足を止め、振り返れば数歩離れた所にナマエがいて、まるで何かを見付けたようにナマエはその先をじっと見詰めつつ足を止めていた。一体何を、とフォーがナマエの傍に寄った瞬間、その視線の先に何を映しているのかがわかって背筋がぞっとした。

朽ちた天井に陣の跡。

亜細亜風に整えられた教団のシンボルでもあるクロスの祭壇。灯を燈していたのだろう破れた提灯、そして地に数個の、穴。どれも崩れ朽ち、元の形を留めていないが、そこで何かが行われていたのは見てとれる。

そう、そこは――…。


「フォー…、」

「な、んだ」

「ここに、誰かいた…?」


大きく見開かれた瞳はじっとその先を見詰めていた。この子供は、何を、見ているのだろうか。何か、見えているのだろうか。何かが、いたように見えたのだろうか。フォーの脳裏に聞こえるはずもない叫び声と赤が広がった。ある、はずがない。誰かがいるはずもない。ここは、もう。


「ナマエ、ここはあんま地盤が良くない。別んとこに隠れよう。」

「あ、待ってフォー。」


ナマエの手を奪うようにして掴み反対方向に足を進めた。急に取られた手にナマエの足はもたついたが待つ気など無かった。そこまで気が回らなかったという方が正しい。

ここは、知らなくていい。



−咎落5終−


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