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眩い光を持つ羽のようなものが、攻防するように咎落ちを支えていた。いや、羽と言うにはそれはあまりにも鋭い。鋭利な、手のように見える。咎落ちが大きすぎてそれが何なのかわからないが、あれ程大きい手のようなものを何と言えばいいのだろうか。まるで、世界を握る神の手。
「止まってくださいスーマン!」
発動を最大限に解放したアレンの左腕は咎落ちの体を覆うように巨大化していた。まるで掴み止めるようにアレンのイノセンスが咎落ちを抑えているが、それでもアレンの小さな体は押されていた。咎落ちの全体重が自分の左腕にかかり、足が土を岩を抉る。それ程の勢いで押されてしまっている。
「お願いだ…!イノセンスに囚われないで!」
ただ助けたい。彼を助けたいの一心で左腕が咎落ちを抑える。アレンの右手はもう使い物にならない。今の彼を助けることができるのは、この小さな体と自分のイノセンスだけだ。
「あなたはあんなに生きたいと思ってたじゃないですか…」
記憶の中の、飴色のお下げの少女が泣いている。
彼の記憶の中で見た、幼い少女。適合者として教団へ行く彼が最後に見た、彼の娘の泣き顔。自分は見た、感じた。ずっと、愛する娘と妻の隣に暮らしたい。教団なんかに行きたくないスーマンの気持ち。それでも、難病を患った娘の治療費代と引き換えにエクソシストの道を選んだスーマンの気持ち。死にたくない、もう一度家族に会いたいと焦がれたスーマンの気持ち。
―誰かの足に、
『助けてくれ 頼む…』
―情けなくも縋りつくように、
『殺さないで…』
―血と涙を流して、
『私にできることなら何でもするから』
―懇願した。
『何をしたって構わない』
―敵に命乞いをして、
『死にたくない』
―敵に仲間の情報を売った。
家族へ
帰りたい
その一心で。
「生きたかったんじゃないのかスーマン!!」
アレンがスーマンの内で見た右腕に寄生しているイノセンス。あれが彼を暴走させ、苦しめているのなら、あれを右腕ごと切り離すしかない。片腕は失ったとしても、きっと命だけは助かる。彼の、これ程までにも強い、生きたいと願う気持ちを、生きてまた家族に会いたいと思う気持ちを、今は信じるしかない。やるしかない、とアレンは自分の腕の向こうにいるスーマンを見上げた。
助けたい。彼を。
彼を、家族の元へ―――
「いくぞイノセンス…!!」
パン、
と、耳元で何かが切れる音がした。いや、耳元じゃない。体の、奥、から。
「あ…っ」
イノセンスの力を増幅させようと力を(心を)(意思を)込めた腕が、黒く、細く、力を失った。何かの線を切ったように、力が途切れて、それは、アレンの体を酷く蝕んだ。
「あ、ぁああ…!」
痛い
痛い
痛い
痛い
「だれか…っ」
(腕が…) 壊 レ …
劈く様なアレンの悲鳴は、抑えられていたものから解放されたスーマンの衝撃波によって掻き消された。大地を抉る衝撃波は木々を、建物を、人を貫き焼き尽くす。大地の怒号と悲鳴が叫び渡る中、幼い声が誰かの耳に届いた。
「おとうさん」
幼子は既に息のない父親を小さな手で揺すり、揺すり、擦れた声で父の名を呼んでいた。
「やだよう、おとうさぁぁん」
誰かの脳裏にそれは蘇る。飴色のお下げをさげた、
「やだよぅぅ…っ」
オレの、大事な、
『ジェイミー…』
その瞬間、神は残酷にも、
ユダを裁いた。
−51終−
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