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***

またあの衝撃波を打ったのだろうが。あそこから随分と離れたつもりだったが建物の揺れを通してリナリーはもう少し遠くに行くべきだったか、と考えるがすぐに打ち棄てる。いや、そんな余裕など無かった。
アレンから受け取った少女は、受け取った時点で既に呼吸をしていなかった。ただちに人工呼吸等の処置が必要だったが、スーマン…、咎落ちの近くでそんな事が出来るはずもなく、リナリーは咎落ちへと吸い込まれたアレンを振り切ってこの小さな診療所を見付けた。中は避難したのか誰もおらず、診療ベッドを探す時間もなく、入ってすぐの待合室にあるソファに少女を横たわらせた。そして何度か人工呼吸を繰り返し、リナリーの汗が少女の額に落ちた時、少女はやっと息を吹き返した。


「ごめんね。向こうは危険だから、もう少しここに居よう。」


別室で見つけた毛布を、まだ呼吸の細い少女(事態が掴めなくてただ意識が朦朧としているだけかもしれない)の肩にかけ、リナリーは今できる限りの笑みを向けた。
早くアレンを助けに行かなければならない。しかしアレンが助けたこの少女をここに置き去りにはできない。安全な場所まで連れて行くか。でもそんな事をしたら今すぐにアレンを助けに行けない。どうすれば、どうすれば…。リナリーの頭の中で様々な思いが駆け巡るが答えは堂々巡り。どうすればいいのか、わからない。


(…落ち着け。落ち着かなきゃ…。こんな時ナマエは、兄さんなら、どうする…!?)


震える息で深呼吸をし、改めて室内を見渡す。何かあれば、この状況を打破できる何かがあればと見渡した室内に、リナリーはあるものを見つけた。結構な距離を短時間で走った足は既にぼろぼろで真っすぐ立つことすら難しい。それでも、その存在はリナリーの足を動かした。


***


紅い爪痕が残る腕はひりひりと痛み、医務室に行く程の痛みではないが包帯を巻いて締め付けていないと痛みを忘れることが出来なかった。いや、忘れようとしている時点で忘れるのは難しいのかもしれない。ナマエは包帯の上から傷をなぞり、脳裏にロードとのやりとりを浮かべた。


『神田ユウが何者か知ってる?』


わざと触れなかった事を、ナイフより鋭い何かで抉られた気分だった。


『神田ユウの胸のタトゥー、何か知ってる?』


開けたくなかった。開けて欲しくなかった。ずっと気にかけてはいたが、本人がそれを話さなかったから。人には、誰しも触れて欲しくないことがある。使途として出来損ないの自分のように。だけど、彼は優しい人だから、いつかきっと話してくれると思っていた。いつか、きっと。彼自身の中でそれの決着がついた時、または自分がそこまでの存在に辿り着いた時。いつか、きっと。でも、


『『あの人』の話、聞いたことある?』


その時に、私は彼の隣にいるのだろうか。


「…『あの人』なんて、…知らないわ…。」


ロードから聞かされた『あの人』の話は初めて聞いた事だった。神田は、自分が気にかけている事以上の秘密を自分に隠している。
神田が自分に対して引いている、決して踏み入れてはならない境界線を、第三者によってちらつかされた。ロードは神田を知っている。自分の知らない(知りたい)神田を、知っている。今の自分にそれがどうしたと言い返せる感情が無かった。今の今まで、その事を忘れさせてくれるくらい、彼は自分の傍にいてくれた。だから気にならなかった。だけど今は、わたしは、ひとり。

(…私は、いつだって一人だ…。)

会いたい。そんなことないって言って欲しい。また馬鹿な事を、と。何でもいい。神田に会いたい。会えるのなら、声を聞けるのなら何でもいい。詰ってくれてもいい。デイシャの事を。(いっそ詰ってくれ、と願ってしまう程だ。)

(……駄目だ。)

こんな事を延々と考えてしまう自分に、考えすぎると止まらない負の連鎖を断ち切るように嘆息し、自室の扉を開けた。こんなところに、自分しかいない空間にいるから余計なことを考えてしまうのかもしれない。そう捲くっていた袖を下して扉を開けると、今まさにこの扉をノックしようと手を上げている男がそこにいた。


「カッシュ…?」

「あ、…えっと…、おはよう、ございます…?」


行き場がなくなった手の指をふにゃふにゃとくねらせて気恥ずかしそうに笑うカッシュに、何だか朝日を浴びた気分になった。そう言えば、部屋のカーテンを長いこと開けてないなんて頭の隅で思いながら、ナマエは首を傾げた。


「どうしたの?」

「あ、いや…、ナマエ様具合悪そうにしてたから…。なんつうか…、その、」


大丈夫…かなって…。と口をもごもごさせながら言ったカッシュはナマエと一度目を合わせた後、うろうろと視線を迷わせた。照れ臭そうに、恥ずかしそうに。しかしそんなカッシュの様子にナマエは更に首を傾げるだけで。


「心配、してくれたの?」

「す、するに決まってるだろ!」


迷わせていた視線をはっきりとナマエに戻し肩を張り上げたカッシュにナマエは目を丸くした。


「ア、アンタは俺の命の恩人だ。そうでなくてもナマエ様はエクソシストなんだから…。何かあったら、大変じゃないか…。」

「たいへん…?」

「コムイ室長やリナリー様、神田様が心配なされる…。」

「心配、してくれるのかな…。」

「…え…」

「こんな『役立たず』、誰か心配してくれるのかな。」


何を、言っているのだろうか自分は。ナマエはカッシュ相手に言ってしまった言葉に薄く笑った。本当、何を言っているのだろうか自分は。
笑わなくては。こんな自嘲ではなく。普通に、いつものように。ごめん忘れて、と。
気弱になりすぎているのだ。一人教団に取り残され、することもなく、ただこの場所に留まってることに。
ナマエはカッシュにもう一度、自嘲ではない笑みを顔に張り付け顔を上げた。そして先程の言葉を打ち消そうとした。そう、打ち消そうとしたが。


「カッシュ…?」


目の前にいたはずのカッシュは何故かナマエの前に恭しく肩膝をつき、頭を下げていた。


「アンタが抱えてるもの…、俺は探索部隊だし、馬鹿だからよくわかんねぇ…。だけど、」

「ど、どうしたの?ねぇ、」


先程の言葉を打ち消したいのに、何故かカッシュに膝をつかれている状況に困惑する。何がしたいのか、何をされているのかよくわからない内にカッシュはナマエを見上げ、見詰めた。


「アンタに救われたこの命。俺はアンタのために使おうと思う。」

「……、」

「神田様がいない間、俺がアンタを守る。俺がアンタを心配するよ。」


真っすぐと見上げられた瞳は、逸らす事が出来なかった。自分に向けられた言葉に、瞳に、何か返さなくては思うのだが頭がごちゃごちゃしすぎて彼の言葉を考えられるスペースがない。


「アンタが目を覚ました時からずっと言おうと思ってた。」


言葉が、出ない。


「ナマエ様に忠誠を誓う。俺をアンタの傍に置いてほしい。」


貴方の事を考える余裕などないと冷たく声を振り絞ったナマエに、彼は笑った。「なら、一緒に考えましょうよ」と。


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