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ぐらり、どころではない。もっと大きく体が傾き、かかる重力にアレンはぞっした。スーマンの中から吐き出され必死にしがみついたそれは浮遊力を無くし、体を大きく傾け落ちようとしている。しかもその落ちようとしている先に見えたのはたくさんの屋根を連なさせる村だった。遠目でもわかる、家から飛び出て何事だとこちらを見上げる村人達が。
「止まるんだスーマン!」
「ぎゃあああっ」
アレンは半身を覗かせているスーマンの肩を掴んだ。体をそこから引き上げようとしたのだ。しかし引き上げようとするもスーマンの体は悲鳴と血を吐き出しアレンを拒むように激しい痺れを与えた。致死量の電流を浴びているみたいだ。しかしスーマンの体をここから放さない限りこの巨体をどうすることもできない。痺れ痛む体を無理矢理無視しアレンはスーマンを引き上げようとするが、出るのは悪罵だけだった。
「やめろ…このくそエクソシストが!死んじまえ!」
「ごめんなさい。でもこのままじゃあなたはあの村を破壊する…!!」
それがスーマンの本音なのか、それとも何かに言わされているのか。それを考える程、その悪罵を聞き入れる程の時間はなく、アレンは口早にスーマンに話し掛けた。すぐ後ろには村が迫っている。いや、こちらが迫っていると言った方が正しい。
「そんなことダメだ!!僕らは人を守るために戦ってきたんじゃないんですか!」
今ここでイノセンスにより蝕まれ、そこの村を潰してしまったら彼の生きてきた全てが泡になってしまう。今イノセンスに殺されようとされていても、そのイノセンスで彼はたくさんの命を救ってきたのだ。このままではイノセンス諸共たくさんの命を消してしまうことになる。それだけはさせられるか、とアレンはもう一度スーマンの体に手をかけようとした。しかしスーマンはその手を避けるでもなく、裂けそうな程口を開き歯を剥き出した。
「!!?」
そしてアレンの手に歯を思いっきり突き立てた。スーマンの歯がアレンの手骨を容赦なく鳴らした。皮膚、というより骨が痛い。
「痛っ…」
「だまれ………」
骨に歯が突き立てられ砕けてしまいそうだ。いや、このままでは砕けてしまう。確実に。
それ程の力だ。
(くそ…なんて力で…)
理性を失っているスーマンに骨を噛み砕く躊躇など、とっくにないのだ。
「目を覚ましてください!!」
それでもアレンは必死にスーマンに呼び掛けた。
「スーマン!僕が必ずあなたをイノセンスから助けます!!だから止まってくださいっ!犠牲を出しちゃダメだ!!」
諦めては駄目だ。自分は「見た」のだ。仲間の屍に眼もくれず、命乞いをしているスーマンの姿を。飴色のお下げをした少女を抱き上げるスーマンの姿を。彼が自分に「見せた」思いの強さを。
だから、彼は諦めてはいけないのだ。
「がんばって!!」
ここでイノセンスに朽ちてはいけない。
「死ね」
「……っ」
赤黒い歯茎が見える程歯を骨に突き立てられ、痛みを超える痛さに奥歯が欠ける。
「破壊すればする程あなたの命は食い潰される…」
「死ね」
アレンの骨はスーマンの口内から嫌な音を立てていた。嫌な汗も吹き出て今にも痛みを叫び上げたいのに、アレンはスーマンに語りかけていた。
「がんばってください。スーマン…っ」
彼の流した血の涙が、とても悲しくて。
「必ず…助けるから」
哀しくて、愛しくて。
「死んじゃダメだ!!!」
諦めて欲しくなかった。目の前の命を、殺させたくなった。
しかし、手の中でスーマンの歯が噛み合った気がした。
体内に響く音が脳内に響いて、固い骨と細い神経が絶たれる。
「だまれぇえええええぇーーー!!」
痛みを感じる暇など無かった。一瞬さえも無く、スーマンの咎落ちの姿から、アレンを拒むように感情の昂りが波動となる。
「!!」
大地を抉るようなエネルギー波が再び放たれたが、その波動の威力に耐えきれなかったのか、咎落ちは村に落ちることなく隣の岩山へと雪崩れ落ちる。アレンはその勢いに放り投げ出され、今一度スーマンの名を呼んだがそれは放り投げ出された先の泉の中で消えてしまう。背中を水面に叩き付けられたのは幸いなのかどうかわからない。ただこの勢いで岩山に投げられてもそれはそれで助かってないのは明らかだ。
意思とは裏腹に身体中から酸素が逃げていく様子をアレンは何処か遠くで眺めているような気分でいた。
(ダメだ…スーマン…スーマン…)
落ちていく体にアレンは息苦しさを感じた。
(悲鳴、が…)
聞こえる。こんな水面下でも悲鳴が。たくさんの泣き叫ぶ声が。あのエネルギー波が放たれた後に地響きと叫びが交互に。
村人の悲鳴と、スーマンの悲鳴が。
(聞こえる…!!スーマン!)
村人の悲鳴と一緒にスーマンの悲鳴が聞こえた気がした。陽の光りか、それともスーマンのエネルギー波の光りなのかどちらかわからないがアレンは水面へと手を伸ばした。足りない酸素に意識が朦朧としながらも泉から這い上がり、ただ、
(死なせてたまるか。)
この思いで左手を掲げた。
「発動最大限…」
エネルギー波を触手のように広げる咎落ちの姿を捉え、アレンの思いに呼応するように左手の十字架が熱く光り放った。
開放!!!
増幅するイノセンスの力に木々が揺れ、地にヒビが入り砕け上がる。膨らんでいく自分の力を更に、もっと膨らませようとアレンは雄叫びを上げる。そしてその膨らみ上がった力が左手に集束し、解き放った!
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